ただ、リモートワークを進めている事務所も多く、連絡が取れないところも多かった。また、大切な故人との思い出を披露してくださいという無遠慮さ、何よりも無償でお願いする心苦しさがあった。

 そんな中、たくさんの方々に快く引き受けていただいた。なかには「声をかけていただき、ありがとうございます」と仰ってくださる方も。本当に感謝してもしきれないくらい、ありがたかった。

 『天国にいちばん近い島』『四月の魚』などに出演された泉谷しげるさんは、音声データを送ってくださった。「大林監督とはキャラも合わないような気がするんだが、なぜか気に入ってもらって」と、あの泉谷節で、思わず笑ってしまうエピソードを披露してくれた。

 『時をかける少女』で鮮烈スクリーンデビューを果たした原田知世さん、『彼のオートバイ、彼女の島』に出演された姉の原田貴和子さんは、姉妹でそれぞれメッセージをいただいた。ベテランから若手の方々まで、錚々たる方々に寄稿していただき、その短い文章や言葉に込められた、それぞれの監督への想いに接していくうちに、胸が篤くなることが何度もあった。

 そして、あの方にも、この方にも、と声をかけていくうちに、ご協力いただいた方は107人にも上った。この数はなんと、大林作品『理由』の出演者数と同じ。まさにこれが大林監督のいう「つじつまが合うこと」なのかと。

 大林監督にまつわる仕事はいつも、こういった不思議なことが起きる。

 『大林宣彦メモリーズ』(キネマ旬報社刊) 定価:6,160円(税込)/判型:B5判/頁数:574/ISBN:978-4-87376-477-1

三浦友和・百恵夫妻参加の座談会も再録

 並行して、スタッフの方々にはインタビューをお願いした。大林組の仕事、演出法をできるだけ記録として遺しておきたい。そのためにはやはり、現場で共に作品を作られたスタッフの方々に話をお聞きするのが一番だと、取材にはできるだけ長い時間をかけた。

 大林組の方々は職人気質の方が多く、なかには「取材は苦手」と躊躇される方も少なくない。だが、最後には「監督へ恩返しするか」と承諾してくださった。聞き始めると、みなさん話が止まらず、2時間3時間に及ぶこともしばしば。どのエピソードも面白く、誌面にすべて掲載できなかったことが心残りではある。

 出演者、スタッフの方々だけではない。山中恒、片岡義男、赤川次郎、檀太郎各氏からは原作者として、大森一樹、犬童一心、岩井俊二、山崎貴、樋口尚文、立川志らく、平松恵美子、塚本晋也、行定勲、山田洋次各氏からは映画監督、映画人として、ご執筆いただいた。

 本当に、大林監督がいかに愛されていたかが分かる編集作業だった。

 時間がかかったのは40年以上にわたって掲載されたこれまでの記事の再録。各所に転載許諾をいただくのだが、なかなか連絡がつかない人も多く、最後の最後まで作業は引っ張られた。

 白眉は1979年に公開された『天使を誘惑』の座談会。藤田敏八監督はじめ、製作の大林監督、脚本の小林竜雄氏に加え、三浦友和、山口百恵両氏が参加。その集合写真のなんとまぶしいこと! 百恵さんの写真はなかなか許諾を取るのが難しいとの話だったが、1点ならとOKを事務所からいただいた。

 あわせて、二人が結婚を決めるきっかけとなった『ふりむけば愛』の撮影現場写真も掲載。しかも2点! 個人的にもファンなだけに、この許諾は本当にありがたかった。

 そうこうしていくうちに、他社からも大林監督の追悼本が立て続けに刊行。それを手に取り読むにつけ、もうちょっともうちょっとと収録する内容が増え、出版予定も夏が秋になり、冬になり、年明けになり、最後には一周忌にと、延期されていった。

 はたと気が付けば、最初に取材を申し込んでから10カ月が経過。それでもまだ、あの方に話を聞くべきだった、この話も欲しかった、と思うときりがない。

 編集人の前野裕一氏があとがきに「本書は出演者とスタッフの証言に監督自身の言葉を加えて一冊に凝縮した、まさに『大林映画の玉手箱』になった」と書いている。まさにそんな実感がある。

 あとは本書が映画ファンにもう一度、大林作品を観てもらうきっかけになれることを願うばかりだ。