写真・文=山下英介
BONSAIはカルチャーだ!
『サザエさん』の波平さん、時間を持て余したおじいちゃんの趣味、高尚すぎてなんだか退屈……。僕たちが「盆栽」というものに抱いているイメージなんて、その程度しかないかもしれない。
しかしそれは大きな間違い。今、盆栽の世界には間違いなく新しい風が吹いている。中国やヨーロッパの富裕層の間では、知的で洗練された趣味として完全に定着しているし、L.A.ではストリートカルチャーと融合したひとつのファッションとして認知されている。そして遅ればせながらわが日本では、近頃セレクトショップやメゾンブランドが、ショップインテリアの一部として盆栽を導入。BONSAI IS COOL、なのである。そして今まさに、そんな新しい盆栽の世界を切り拓いているキーパーソンこそが彼、「TRADMAN’S BONSAI」を主宰する小島鉄平さんだ。
小島さんの活動日誌でもあるインスタグラムより。
ファッションカルチャーとして支持されている盆栽の今が、ここから読み取れる
僕が彼と初めて会ったのは、吉祥寺のヴィンテージ時計店「江口時計店」で開催されたプレゼンテーションでのことだったのだが、盆栽とのあまりのギャップに、どこから突っ込んでいいものか悩んでしまった。だってスリーピーススーツに7:3ヘアというジェントリーな装いなのに、ドレスシャツのネックや袖口からは、鮮やかなタトゥーがばっちり覗いている。ロンドンやブルックリンあたりではちょくちょく見かけるスタイルだけれど、どうして〝このカルチャー〟の人が盆栽をやってるの? そもそも「トラッドマンズ」って、ブランド?それとも屋号? などなど質問したいことが山積みだ。でもめちゃくちゃ怖い人だったらどうしよう…?
意外なことに(?)小島さんは、いたって温厚かつ礼儀正しい紳士であった。もともとファッションビジネスをやっていた彼が、なぜ盆栽をはじめたのか。そして盆栽の魅力とはなんなのか? 彼の熱のこもった話を聞いていると、今までシニアの枯れた趣味と決めつけていた盆栽が、とたんにエキサイティングなカルチャーに思えてくる。そしてもっともっと知りたくなってしまうのだ。
盆栽のメッカ、埼玉県にて
彼に取材をお願いしたところ、待ち合わせに指定されたのは、埼玉県の川口〜大宮エリアにある「盆栽センター」なる場所だった。なんでもこの地域は、昔から盆栽をはじめとする、園芸のメッカ。大正時代には関東大震災を逃れた盆栽業者が移り住み、「盆栽村」(現さいたま市北区盆栽町)が形成されたのだという。そして「盆栽センター」とは、盆栽組合に加盟する業者が盆栽を生産・管理するとともに、業界内でのセリから個人向けの販売まで行われる、農園と市場を兼ねた場所である。小島さんは、ここともうひとつの農園で、数百個の盆栽を育てているのだとか。
ビニールハウスの中に大量の盆栽が並べられたセンター内では、いかにもといった風情のシニアたちが、水やりに励んでいる。そんな昭和なムードにあって、L.A.テイストの洒落たワークシャツ姿で現れたタトゥー全開の小島さんは猛烈に目立つ……のだが、管理人のおばちゃんと世間話をしたりして、意外なことに完全になじんでいる。
「今日は配達の日なんですが、水やりとか簡単な剪定をやろうと思って」と、自らの盆栽に水をあげる小島さん。
「水やりはもちろん毎日しなくてはいけませんが、夏は木の成長期ですから、午前中と夕方頃、1日に2回水やりをします。日中にあげると水が暖かくなりすぎて、木にダメージがいってしまうんですよ。あとは毎日チェックして、コンディションを見極めないといけませんね」
そう、盆栽とは生き物。その世話はけっこう大変なのだ。
「盆栽を趣味にしている方って、年配が多いじゃないですか。あれは時間があるからできることで、毎日バリバリ仕事をしている人は、なかなか難しいんですよね」
なるほど。いくら格好よくても、やはり〝素人〟は手を出してはいけない趣味なのだろうか?
盆栽の美意識とは?
あまりにハードコアな世界にちょっと怯んでしまったものの、小島さんが世話をはじめた盆栽に、思わず惹きつけられてしまった。これはなんという木なんですか?
「これは真柏(しんぱく)といって、盆栽の世界では松と並ぶ定番。枝の部分に『神(じん)』、幹の部分に『舎利(しゃり)』という枯れた部分を、人工的につくり出して楽しむんです」