力強い生命感を感じる葉や幹のうねりに、死の象徴である白骨が絡みつく、まるで絵画のようにドラマチックなコントラストが、ひとつの鉢の中でつくりだされている。確かにこれは、理屈抜きで「かっこいい」! それにしても、自然に成長していく植物を、どうやって自分の思った形に成形すればいいのだろう? ちょっとやってみてもらえませんか?

「45度の角度を意識しながら」、盆栽に針金をかけていく小島さん。「自分なんて職人としてはぜんぜんですよ」としきりに謙遜するが、その手捌きは見事なものだ。なんでも、彼の師匠は厳しいことで有名な方らしい

 僕のお願いに「やりだすと1日仕事なので(笑)、雑にでよければ、ほんの触りだけお見せしますね」と、針金を取り出す小島さん。慣れた手さばきで、枝に針金をぐるぐると巻きつけていく。どこか、歯列矯正を思わせるやり方だ。

「幹を見たときに、現状ではこの『舎利』の部分が隠れていますよね。それを針金を使って持ち上げて、まとめてあげる。それによってきれいな『舎利』を見せるとともに、不等辺三角形をつくってあげるわけです」

 メリハリをつけてその木の持ち味である部分をより強調することと、左右対称ではなく、不等辺三角形の輪郭をつくることが、盆栽の基本だ、と。どこかファッションの粋とも共通する美意識で、とてもわかりやすい。

このように針金をかけて、枝や幹の形を矯正していく。どんな形にもできるが、そのまま成長させてしまうと木にダメージが残るので、よきタイミングで取り外さなくてはいけない

 「もちろん今現在かっこよく見えるようにつくるわけですが、どんどん成長していくものだから、それ以上に2〜3年後、いや10年後を見すえてつくることが大切です。すごい人はもっと先を見ていますよ」

 え、それってもはや自分が死んだ後のことですよね……?

 「そう、盆栽には〝完成〟という概念がないんです。自分が死んだ後も残る。それって男のロマンじゃないですかね?」

 な、なるほど〜!

 

なぜ彼は盆栽に惹かれたのか?

 一通りの作業を撮影した後、盆栽センターの事務室でちょっとしたインタビューをさせてもらった。なんでも小島さんがこの世界に入ったのは9年前、30歳のときだったという。10代から師匠について、5年間は住み込みで修行する、というのが当たり前なこの世界においては、少々異色の存在らしい。

 「以前はショップのバイヤーだったんですが、まわりに盆栽をやっている人がいたので、何となく惹かれてはいたんです。ただ偶然海外で盆栽を見たときに、それがあまりにかっこ悪かったので、『これなら俺のほうがかっこいいの知ってるよ』、と(笑)。それから技術のある盆栽師に声をかけて、〝トラッドマンズ〟名義でプロデュースしはじめたのが、この世界に入ったきっかけですね。最初は技術なんてまったくなかったのですが、不思議と最初から目も利くほうだったし、自信だけはあって」

小島さんは1981年千葉県生まれ。古着屋も多くアメリカンカルチャーの影響を色濃くもつ柏市で育った彼は、小学生の頃からタトゥーやヴィンテージウエアなどのL.A.ファッションに憧れていたという

 実はその頃すでに、L.A.ではタトゥーアーティストが趣味にしていたり、ストリートカルチャーと盆栽は親和性が高かったようだ。ただしもちろん日本では、盆栽=昭和の世界。小島さんが業界になじむのは、大変だったという。

 「こういう見た目なんで、最初は日本の業界では、あまり相手にしてもらえなかったですね。そこで友人の誘いで、上海での活動をはじめました。まずは古着のバイヤーをやってるときの感覚で、市場で掘り出し物を探すんです。それをホテルに缶詰になって、徹夜でいい盆栽に仕上げて販売したところ、一気に上海で人気になりました。これをもう一度日本でやってみよう、ということで、改めて日本で活動を再開したんです」

 一度はなじめなかった日本市場だが、世界中からバイヤーが集まるファッション合同展『ルームス』からの依頼を受け出展したことをきっかけに、様々なショップやブランドから声がかかるようになり、〝トラッドマンズ〟のやり方は、徐々に世の中に浸透していく。小島さん自身も厳しい師匠のもとで、改めて盆栽の技術を高めていった。そんな地道な彼の活動に、保守的だった盆栽の世界もついに門戸開放。リモートでのセリを開催するなど、現代的なビジネス感覚を持つ彼のスタイルは、今や盆栽協会からも頼りにされているようだ。

西海岸テイストのワークウエアで知られるブランド〝ブルコ〟に別注した、オリジナルの半袖ワークシャツ。〝TRADMAN’S〟とは、盆栽やそれにまつわる伝統文化にリスペクトを捧げて名付けた屋号なのだ

現代における盆栽の楽しみ方

 彼の活躍によって、ひとつのファッションとして再びブームになりつつある盆栽。しかし悩ましいのが、盆栽が生き物であるという点。どんなに高くていい個体を買っても、世話を怠ればすぐにその価値は下がってしまう。

 「僕らは盆栽をかっこいいものとして広めてきたのに、その影響で始めてくれた人たちが、結局管理が難しいという理由で手を離してしまう。これって本末転倒ですよね? なので今、僕たちはリースをメインに活動しています。週に一度は鉢を交換させていただくことで、常にかっこいい状態の盆栽を見ていただけますからね」

若い世代に〝かっこいいカルチャー〟としての盆栽を広めようと尽力する小島さん。これから盆栽を始めようとする初心者に向けて「1000円でも2000円でもいいから、一度安いのを買って育ててみては?」とアドバイスをくれた。目利き力をつけるには、「盆栽をとにかくたくさん見ること。そうすると、自分が好きなほかの分野との共通点が見つかるはずです」と語る

 都会に住む若者が本気でハマるにはディープすぎるが、リースでいいと思えれば、決してハードルの高い趣味ではない。現に僕の周囲には、そういう新しい盆栽との付き合い方を楽しむ、ファッション業界の友人が増えている。

 「松ってオーソドックスな格好よさで、僕にとってはリーバイスのジーンズみたいなものなんです。逆にちょっと渋いもみじは、イギリスっぽいなとか(笑)、盆栽って、僕がやってきた古着の世界と、かなり共通しているんですよ。色落ちとか、ヒゲとか、赤耳とか、ヴィンテージジーンズに例えられるものがいっぱいある。だからこんなふうに、きっかけは〝かっこいいだろ!〟ということでいいんです。やっている仕事や盆栽そのものは江戸時代の頃とまったく変わらないのですが、まだその魅力を知らない人はたくさんいる。僕の存在をきっかけにして、そんな人たちに、盆栽を見てもらえる機会をつくりたいですね」

 〝かっこいいだろ!〟のひと言に、ぐっと熱が籠る小島さん。そんな彼がいじった盆栽をずっと見ていると、確かに自分の好きなファッションと盆栽との共通点が理解できるようになり、僕も家で愛でたくなってくる。英国クラシック好きとしてはツイードのような葉の色づきが楽しめるもみじもいいが、ヨージやギャルソンなみにアバンギャルドな構築性を備えた真柏も捨てがたい。蘊蓄が詰まった松は、僕にとってはクラシコイタリアのスーツのように見えてしまう。リモートワークが進んだこのご時世なら、もしかしたら僕でも世話ができるかも? いや、やっぱり無難にリースで楽しんだほうが……。ああ、これは危険な趣味だ! 

 ファッション、カメラ、機械式時計、オーディオ、自動車などなどいわゆるヴィンテージ趣味を持っている方は要注意。盆栽は一生どころか自分の死後も(?)楽しめる、究極のヴィンテージ。その沼は、ほかのどんな趣味よりも深く、覗いても底が見えない。