写真・文=山下英介
「靴磨きブーム」の立役者、長谷川裕也
高級靴が売れないと言われている昨今だが、シューケア、つまり「靴磨き」に関していうと、ちょっとしたブームみたいだ。
靴磨きをテーマにしたムック本やYoutubeは今やファッション雑誌を凌ぐ人気コンテンツだし、ロンドンや東京をはじめとする大都市では靴磨き選手権も開催されている。しかも最近は〝靴磨き芸人〟という方も登場したのだとか!
その火付け役は、間違いなく2008年にオープンした、南青山のシューポリッシュサロン〝ブリフトアッシュ〟の長谷川裕也さんである。
クラシックバーのような格調の高い空間のなかで、ビスポークスーツを着た長谷川さんが顧客と対面しながら靴を磨くという、スタイリッシュなプレゼンテーション。そして軽い感動すら覚えてしまう、華麗な鏡面磨き。今までの固定概念を覆した彼のやり方は、あっという間に世の中に定着して、従来は影も形もなかった「靴磨き業界」なるものまで生み出してしまった。彼が2016年に出版した『靴磨きの本』は発行部数5万部突破、今年にいたってはNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』にまで出演。今や長谷川さんは世界中の靴愛好家にとってスターであり、立志伝中の人なのである。
実は僕が長谷川さんをインタビューするのは初めてじゃない。彼の靴磨きのやり方や、ドラマチックな半生についてはもう十分知り尽くしてしまったし、今やものすごい数のウェブ媒体で読めてしまうから、今さら聞く必要もないかな……。それよりゆっくり話すのが久しぶりだったこともあって、この日の取材はまるで世間話のようになってしまった。
靴磨きはエンターテインメントだ!
山下「久しぶり。TV観ましたよ。大活躍だね」
長谷川「そんなことないですよ。でも去年ロシアの靴磨き大会に審査員として呼ばれたときは、自分で言うのもなんですが〝神〟降臨って感じでした(笑)。以前出演した〝アーモリー〟(香港のクラシック系セレクトショップ)の動画が130万回再生くらいいったので、外国人はあの動画を通じて僕のことを知った人が多いんじゃないですかね」
山下「日本のお客さんはどうですか?」
長谷川「最近、僕と同世代(30代後半)の若い人が多いんですよ。今の若い人ってネットで何でも調べられるから、一気に最高級に辿り着ける。新卒で〝ジョンロブ〟や〝ジェイエムウエストン〟を買う人も多いですよ。SNSで店内の様子もわかるし、もはやネット世代にとってはウチみたいなお店は当たり前の存在になっていますね」
山下「対面で磨いてもらうと4,000円〜(長谷川さんの場合は指名料2,000円込みで計6,000円)でしょう? その割には意外と安い靴を持ってくる人も多いよね」
長谷川「今は1階にあるカウンターで預かることが多くて、2階にあるサロンは予約制なんです。なので、誕生日やお祝い事のプレゼントとか、接待の前の〝ゼロ次会〟に使われたり、イベント感覚でいらっしゃるお客様も多いんですよ」
山下「なるほど! ひとつのエンターテインメントなんだね」
長谷川「僕のようにビスポークのスーツを着てお客さんの前で靴を磨くっていうスタイルは、もはや当たり前になりましたよね。でもそうなった今、全く違うことをやりたいな、とも思えてきました。その前触れが虎ノ門のお店だったりするんですが」
靴磨きの新しい可能性を探して
実は長谷川さんは、今年の1月に虎ノ門ヒルズの最寄りにニューショップをオープンさせている。〝ザ シューシャイン アンド バー〟と名付けられたこの店は、なんと靴磨き職人とバーテンダーが常駐。靴を磨いてもらう間にオリジナルカクテルを楽しめる、今までにないコンセプトのサロンである。本格靴愛好家が多い青山店の場合1足磨いてもらうのに40〜60分程度かかるところ、多忙なビジネスマンをターゲットにしたこちらでは約10〜20分で2000円。「高級靴磨き」という新しいマーケットを産み出した長谷川さんが、今再びリーズナブルなサービスに注目しているのが面白い。それと同時に彼が今力を入れているのが、自らも使用するオリジナルのシューケアグッズだという。
長谷川「靴磨きって、ひとりでやる分にはいいけれど、それだけではなかなか利益が出しにくい仕事なんですよ。だから用品の売り上げも、ビジネスをやっていくうえではとても大切。化粧品会社と共同開発した栄養クリームや、大阪の染め工場で洗い加工を施した磨き用の布といった、プロの目から見ても使いやすいものをつくっています。これらは輸出もできるから、海外戦略を立てる上でも重要なんですよね。〝世界の足元に革命を〟が僕のテーマなもので(笑)」
山下「こういったお店は海外にはないもんね」