長谷川「去年、台湾の〝オークルーム〟という高級セレクトショップが、靴磨きと葉巻とウィスキーを同時に楽しめるバーを開店したのですが、僕らはそこにグッズを卸しています。あとはタイのバンコクにフランチャイズをつくる計画が進んでいるので、毎週ZOOMで打ち合わせをやっています(笑)」
山下「アジア圏は雨の多い国ばかりだけれど、本格靴の需要はあるのかな? コードバンなんてはいたら、すぐダメになりそうだけど(笑)」
長谷川「富裕層の方は車で移動しますから、関係ないんです(笑)。最近は〝ジョンロブ〟や〝オールデン〟を扱う高級店も増えているのですが、まだメンテナンスできるお店がないんですよ」
シューシャイナーの素養とは?
ちなみに長谷川さんは僕とこんな話をしている間にも、素晴らしい手際のよさで靴を磨き続けている。あらかじめ栄養クリームで下処理をしておいた靴を次々と手に取って、ワックスを塗り、ブラシをかけて……。その様子はさながら熟練のうなぎ屋さんのようだ。さすが天才職人。
長谷川「いやあ、最近はすっかり社長業が中心で、なかなか磨けていないんです。今でも上手いとは思うんですが、正直いって僕の職人としてのピークはもう終わっています。たぶん5年前の僕と勝負したら完全に負けますね。その分今は人を育てることに注力してますけど」
山下「ああ、職人さんを指導しているところ、TVで観たなあ。この仕事に向いてるのって、どんな人なんですか?」
長谷川「実は靴磨きって、ぜんぜん単純作業じゃないんです。革の状態は刻一刻と変化するから、それに気づかずにちんたらやってると、あっという間に1時間経っちゃいますから。だから常に機転を効かせられる人じゃないとダメですね。あとは接客業の要素も多いので、お客さんのことを考えて、手と頭を別に動かせること。もちろん革の知識も大切ですが、勉強だけじゃだめで、数をこなさないと身につかない。うちの合言葉は〝たくさんやろう、早くやろう〟〝早いはうまい〟ですから」
山下「それはよくわかる。ライターでも量をこなすことは大切だからね」
長谷川「それほど複雑な仕事というわけではないので、結局は手先の器用さよりも考え方なんです。言われたことしかできないような人は、なんの仕事をやってもダメですよね。でも、うまくいかない人って、自分からそうなるようにしてる気がするんだよなあ……」
新たなる夢に向かって
長谷川さんが100円ショップで買った靴磨きセットとお風呂の椅子を持ってストリートに腰を下ろし、生活のために見よう見まねでお客さんの靴を磨きはじめたのは、20歳のころだった。
もしかしたら、ここまでは誰もが考えつくことかもしれない。でも、大切なのはこの先。彼が靴磨きの高度な技術を身につけたのも、既成概念を覆す〝ブリフトアッシュ〟のスタイルを考えついたのも、常に機転を利かせ、目の前の人を喜ばせるために全力投球し続ける長谷川さんのポジティブマインドの賜物だ。だからこそ彼の仕事ぶりや言葉は、顧客であるエリートビジネスマンの心を捉えるし、それがさらなるビジネスチャンスを生み出してきたのだろう。
長谷川「実は頑張って後進を育てるのにはもうひとつ理由があるんです。40歳になったら、まったく別のことをやりたいな、とも思ってるんですよ」
山下「え、なんの仕事?」
長谷川「それはですね……」
長谷川さんのもうひとつの夢については、ぜひ店頭で直接聞いてみてほしい。かなり大きな目標だが、彼だったらきっと実現しちゃうんだろうな、と思わせるところがさすがである。というわけで、〝靴磨き職人〟長谷川裕也の仕事を堪能できる時間は、さほど長くないかもしれないから、未体験の方はお急ぎを。でもどんな仕事をやったとしても、きっと彼の仕事は僕たちを元気にしてくれるに違いない。