ダグラスさんはこの部屋で、〝FOX〟とフランネルがいかに切り離せない関係であるかを、僕に教えてくれた。かつてこの地で、いかに毛織物産業が栄えていたかということ。フランネルがもともとトゲのある植物が多生する、この地の環境に合わせて開発されたものだということ。そして〝FOX〟の生地が、いかに英国のダンディたちに愛されたのか、ということを……。今や都会的なイメージも強いフランネルという生地だが、サマセットという土地を訪れてみると、その本質がよく理解できる。
古さと新しさが共存する、小さな工場にて
アーカイブルームから徒歩数分。到着したのが〝FOX〟の工場。英語では「ミル」と呼ばれる。その規模は意外にも小さく、工員はだいたい30名程度といったところか? スーツ好きにとっては〝FOX〟は相当なビッグネームだから、この意外にも小さなスケールには正直言って驚かされた。
工場の中では年季の入った旧式のシャトル式織機と、コンピューター制御された新型織機が同時に稼働しており、その全く違った音がかわるがわる鳴り響く。「クラシックな生地をつくるのには、やはり旧式織機のほうがいいですよね?」と聞くと、単純にそうは言い切れないともいう。
「旧式織機の音は感動的ですし、これらはイギリスの財産です。しかし私たちはそれだけにこだわっているわけではありません。よい生地をつくるには、生地を織る速度を早くしすぎず、ゆっくりと空気を含ませながら織ることが大切。それにより、ふっくらとした味わい深い生地ができるんです」とダグラスさん。
旧式織機だけがすべてではない
つまりハイスピードに生地を織れる新型織機を使ったとしても、〝FOX〟はあえてその効率を落とすことで、上質な生地をつくっているのだという。となればこの小さな工場の理由もよくわかる。生産量をむやみに拡大しないことで、そのプレミアム感を保っているのだ。
それにしても数十年前はハイスピードを目指してつくられた織機が、現代においては非常にローテクなものとなり、それが意図せず生み出した魅力的な生地を、今を生きる私たちが珍重する……。日本製デニムのブームとよく似た現象である。
生地の仕上げにも、驚きの手間が
オーストラリア産の「スーパーファインメリノ」と呼ばれる高品質な羊毛を使い英国の紡績工場でつくられた糸は、この工場で生地になり、仕上げを専門に手がける工場に送られる。ここで余計な毛羽立ちをカットすることで、私たちが見慣れたスーツ生地が完成するのだが、この工程にも大きな秘密が。
「〝FOX〟のフランネルは、織りあがった生地を6時間にわたって木片で叩くことで、その豊かな風合いが引き出されます。確かに私たちがつくる生地は高価ですが、その裏には素晴らしいクラフツマンシップが存在することを、知ってもらいたいですね」
英国や日本の紳士たちの中には「フランネルだけは〝FOX〟に限る」と断言する方は多いが、この工場のものづくり見れば僕も納得。テーラーの心の声に忖度することなく、これからも〝FOX〟を指名したいと思う。