現場リーダーと経営トップが両輪となってDXを進める
――経営トップがDXをリードするということは分かりました。では、逆に現場発のDXというのは起こせないのでしょうか。
DXは経営トップのコミットメント、リーダーシップがなければ起きません。もしトップが組織を動かすという意志を示さずに変わっていけるとすれば、それは相当時間がかかるはずです。DXの時代には現実的ではありません。
ただ、誤解してほしくないのは、トップが全てのことをやるという意味ではないのです。つまりボトムアップも絶対必要です。先ほども言いましたが、現場は世の中の変化を感じている可能性は高いのです。フロント部門が情報を入れて、内部に刺激を与えながら危機感を共有していくことが必要です。
急成長したある小売チェーンでは、トップがITを活用するという意志と大方針だけを示して、あとの一切を現場に任せています。現場が「これからの小売業はどうあるべきか」を真剣に考え、現場主導でデジタルを取り入れていくのを社長は承認し、耳を傾け、評価することを約束したのです。その結果、目覚ましい成果を上げることに成功しました。
――ところで、企業がDXを機に狙っていくべき領域、マーケットはどういうところでしょうか。
それは業界にもよると思いますが、私の考えではDXには2つの方向性があって、1つはデジタルを活用することで、今までのビジネスややり方をより良くしていくこと。これはこれで非常に重要です。そしてもう1つは、今まで業界ではやっていなかったサービスを生み出すことです。そのためには、自社のこれまでのビジネスにとらわれない発想をもった人材の採用が重要です。新しいスキルと、新しいマインドセットを持った人材が必要です。こうした人材は、自分の能力が発揮できて新しいことにチャンレンジできるなら、米国などでは小さい組織でも志望する例も増えていると聞きます。
間違いなく言えるのは、これからは仕事を待っているだけではジリ貧になるばかりだということ。何ができるのかが分かれば、その価値を誰に提供するのかも見えてきます。「顧客の開発」をすることが重要です。中小企業だからこそ、ターゲットを絞って顧客をよく理解し、例えば富裕層に付加価値の高いものを提供することができる可能性があるでしょうし、今までとは全く違う業界と取引できるかもしれません。
印刷業界で言えば、例えば「印刷×観光」とか「印刷×地方」のようなキーワードで、ビジネスや社会課題の解決について自社で何ができるのか、社内で議論してみるのもいいかもしれません。
デジタル化時代にこそ日本のチーム力は生かせる
――デジタル化のもう一つの側面としてグローバル化があります。今まで日本の国内に閉じていて、安泰に見えた市場にも、中国などの海外から突然競合が現れて、自分たちの市場を根こそぎ持っていってしまうようなことも、これからは起きるのでしょうか。
全くあり得ると思います。どのような業界でもグローバル化は避けられません。クラウドサービスの浸透を見れば分かるように、ビジネスの基盤は完全にグローバル化しています。
その中で重要なのは、新しいチャンスに飛び込むというマインドです。海外と比較して、日本はすでにかなり遅れてしまった感があります。チャンスがあれば人材が必要、そして人材を採用するためには成長が必要という好循環が生まれている国が大きく伸びています。
日本にも世界に誇れる力があります。例えば、日本人はチームみんなで取り組みを成し遂げ、それに喜びを感じるのがすごくうまい。データは、個人やチームを超えて共有されることで大きな価値を生み出します。また、イノベーションは異質のものの組み合わせから生まれることはすでに証明されているわけですから、多様性を入れながら日本のチームワークの精神を生かす方法を模索するのは、一つの方向性だと思います。2019年に開かれたラグビーワールドカップでの日本チームの健闘はヒントになると思います。日本にはチームで勝負をするという文化や土台がすでにあるわけですから、それをDX時代に合った現代風にアレンジすることを考えるべきでしょう。まさに、日本の良さが発揮できるところです。ただし、チーム力を昔ながらの忖度やウェットな人間関係だと勘違いしてはいけません(笑)。
――最後に、現場で自社の変革を目指すリーダーにメッセージをお願いします。
日本がこれまで経済大国として成長してきた中での基本的な価値観は、勤勉さや忠誠心、効率化にありました。いくつかの危機を、同じ方向性を貫いて乗り越えてきました。その過去の成功体験に縛られてしまうのは宿命と言ってもいいでしょう。またその価値観自体が間違っているわけではありません。しかしその価値観だけに固執するのでは生き残れそうにありません。そのためマインドセットを変えるのは非常に難しいのですが、やるしかありません。
企業の変革リーダーの方に会うと、その変化を楽しんでいるところがあります。もちろん仕事はラクではなく、未知の領域の仕事は不安ですが、その不安を抱えながらももっといいものにしようという意欲や熱意にあふれ、今のリーダーがやっていないことをやるチャンスだと感じているようです。
変化の時代のリーダーには、「自分たちの道を切り拓いていけるこのチャンスを、ぜひ楽しんでください」とエールを送りたいですね。