インド・アジア太平洋地域は中国市場を越える

 なぜ、ステランティスがここまでインド・アジア太平洋地域に注力しているかといえば、それはこの地域の将来性に期待しているからだ。

 ムッパサニCOOが語る。

「インド・アジア太平洋地域にはおよそ28億人が暮らしています。これは全人類の40〜50%に相当し、GDPは中国に匹敵する規模を誇ります。いっぽうで自動車の普及率はあまり高くありません。また、この地域には若い人々が多く、可処分所得は年々増えています。これが、インド・アジア太平洋地域に期待を寄せる最大の理由です」

 ステランティス・グループとしては、2030年までにこの地域で5%のマーケットシェアを獲得することを目標としているが、その原動力となるのは、いかなるものなのか? ムッパサニCOOが語る。

「アルファロメオはスポーティでセクシーなイタリアのブランドです。ジープというブランドは力強さに象徴されるでしょう。また、今後もプジョーのデザイン性を諦めるつもりもありません。ステランティスには伝説的ともいえるブランドが数多くあります。これこそ、ステランティス・キャッスル(城)と呼ぶべきものです」

 そうしたブランドの個性を生かした製品を今後も投入していくことで5%のマーケットシェアを獲得するのが彼らの計画だが、カテゴリーもスペックも大きく異なる製品を多数ラインナップしようとすれば、開発や生産に必要なコストは膨れあがるいっぽうとなるはずだ。

 これに対するステランティスの戦略は明確である。

「私たちは今後スモール、ミディアム、ラージ、フレームという4つのプラットフォームを順次投入し、これらのプラットフォームですべての製品をカバーすることでシナジー効果を最大化します。ただし、クルマの目に見えない部分に用いられる技術は共通でも、お客さまの目に触れる部分はブランドごとの個性を重視し、差別化を図ります」

ジープ『アベンジャー』はジープブランド初のBEVにして『レネゲード』よりもコンパクト。欧州では大ヒットを記録し、PHEVモデルも発表されている。日本導入もそろそろのはず

 つまり、共通の技術でバラエティ豊かな製品をラインナップすることにより、様々な顧客にニーズに対応するとともに、コスト削減にも努めていくというのだ。

ローカライズは重視しない

 これに関連して、あるメディア関係者から興味深い質問があった。「各地域で市場シェアを高めていくには、各市場に適した仕様を盛り込むこと(これを一般的に“ローカリゼーション”と呼ぶ)が重要になると思いますが、その点はどうお考えでしょうか?」

 多くの自動車メーカーであれば、ここで「ええ、私たちはローカリゼーションに力を入れて、各国市場のお客さまに満足していただく製品をお届けする計画です」と答えるところだが、ムッパサニCOOの回答はまったく異なるものだった。

「きめ細かなローカリゼーションを実現するには、1モデルあたりの生産台数を増やす必要があります。ただし、私たちはそういう方向を目指しません。ステランティスが目指しているのは、個性豊かな製品をお客さまに数多くお届けすることで、この場合、必ずしもきめ細やかなローカリゼーションが提供できるとは限りません」

 ローカリゼーションを優先して最大公約数的なモデルを投入するのではなく、多少ローカリゼーションを犠牲にしてでもブランドごとの個性を優先する。この発想は私にとって実に新鮮だったし、多くのクルマ好きが歓迎する方向性でもあるはずだ。

日本導入が期待されているモデルのひとつがフィアット『600e』。『500X』の後継とも表現されるBEVだ。プラットフォームはジープ『アベンジャー』と同じe-CMP2

 もっとも、複雑な文化的背景を持った市場に様々なブランドを投入する多国籍企業であるがゆえに、商品企画や様々な事務手続きなどの面で効率が低下しそうな気がしなくもない。私がこれについて質問すると、ムッパサニCOOはまたしても私の想像とはまるで異なる切り口から、ステランティスの現状を説明したのである。

「従業員の方々には、市場や国籍が千差万別なことをいちいち嘆くなと伝えています。それよりも前に、自分たちの強みを認識して、それを最大限発揮させるスタイルで仕事をすべきだと……。私自身も、この複雑な環境を日々楽しんでいますよ」

 そう語ると、ムッパサニCOOは笑顔を浮かべた。ちなみに、彼らのそうした献身的な努力もあって、ステランティスは今年1年間で7つの新型車を日本で発表するというから、実に楽しみである。