福島第一原発に一番近い店、その奮闘記 4月8日早朝の仙台・広瀬通 (画像1/26) 食材の輸送が滞ったため「一時閉店」の張り紙をする「すき家・6号相馬店」。6号とは国道6号線のこと。この張り紙に小川賢太郎社長は「お客さま目線ではない」と厳しく叱責した (画像2/26) すき家・6号相馬店で開店準備をする小川賢太郎社長 (画像3/26) 福島第一原発から20キロ地点で国道6号線の通行止めを示す標識。ほかの道では警察官が見張りを強化しているが、ここにはなぜかいない。 (画像4/26) 原発から20キロ地点。完全防護服に身を固めた警視庁の捜査員が津波の被害に遭った地域へ捜査に向かっていった。このあと数十台のバスが続いた (画像5/26) 南相馬市を貫く国道6号線。金曜日の昼下がりなのに、市の中心部もこのように人通りがほとんどない (画像6/26) 南相馬市で津波に洗われた田んぼ。流されてきた流木の間から撮影した。この地点は原発から20キロ以内で、付近に人の姿は見当たらない (画像7/26) 足元には数十センチも積もった泥が。表面は乾燥してひび割れ、塩の結晶が浮き出ている (画像8/26) 津波と火災の被害を受けた気仙沼市。遠くのビルには焼け焦げた跡が見える (画像9/26) 運転席がぺしゃんこになったトラック (画像10/26) 民家に覆いかぶさるタンクローリー (画像11/26) 何やら探し物をしている白いジャケットの人(中央) (画像12/26) 数多くのクルマが被害に遭った (画像13/26) まだあちこちに水たまりがある (画像14/26) ひっくり返った家と自動車 (画像15/26) 気仙沼港の倉庫街 (画像16/26) 何もかも泥でぐちゃぐちゃに (画像17/26) 津波で押し流されて基礎だけになった住宅 (画像18/26) 激しい火災の跡も残っていた (画像19/26) 多賀城市の中心を貫く道路に放置されたクルマ。街の復旧が進み始め、交通量はかなり多い (画像20/26) 津波で流されたクルマ越しにソニーを望む (画像21/26) 住宅地に押し寄せたクルマ (画像22/26) ぺちゃんこになったクルマ (画像23/26) 復興が始まった工場 (画像24/26) 電信柱にはまったクルマ (画像25/26) 港の倉庫街 (画像26/26) 福島第一原発に一番近い店、その奮闘記 この写真の記事を読む