西欧人が夢中になった原種の花たち

 フロラとは、特定の地域に生育する植物全種のこと。世界は6つのフロラ:植物区に分かれ、境界を越えると、生えている植物や咲く花がまったく異なります。

 植物区は、全北(ほぼ北半球まるごと)・旧熱帯(アフリカ大陸から東南アジアやハワイまで)・オーストラリアなどと、広大なエリアを持ちます。しかしケープ・フロラは、ケープ地方のごく狭い地域だけで1つの植物区。大都市の側にありながら13の保護区は、世界の何処にもない花々が見られる奇跡の楽園なのです。

 1652年、オランダからの入植者が、初めて南アフリカに上陸します。そして、入植の基地にしたのがケープタウンでした。移民たちを驚愕させたのが、ケープ地方に咲く奇妙な花々。西欧人は、夢中になって珍しい植物をヨーロッパに持ち帰ります。後に、これが栽培・商品化されて、世界中の窓辺や庭を飾ることになるのです。ゼラニウム、フリージア、極楽鳥花、ガーベラなど……数え上げればキリがありません。

西欧人を驚かせた極楽鳥花 イタリア、レニャーロ出身のドメニコ・サルヴァニン, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

 では、栽培種でない“原種の花”は、どこでどんな風に咲いているのでしょうか? お勧めの3つの観光ポイントがあります。

 

1.滝雲が落ちてゆくテーブルマウンテン

 ケープタウンのすぐ背後に、平らな山頂が3㎞もつづくテーブルマウンテン(標高1086m)が聳えます。見ものは、頂から滝のように落ちてくる白い雲! ケープ地方は、時に風速50mもの強風がふき荒ぶ大地です。

 砂っぽくて栄養に乏しい土壌と、夏には厳しい干ばつ。こうした環境に適応したのが、世界でここだけの花々「フィンボス」です。小さく硬い葉の灌木類や地面をおおう草たちですが、それぞれが可憐な花をつけます。山頂に岩場や湿地が広がり10m歩くごとに、違う花々が強い風に耐えながら咲いていました。

 およそ6000種を超えるケープ・フロラ固有種を気軽に楽しむのなら、山麓にあるカーステンボッシュ植物園(1913年創立)です。ここでぜひ見たいのが、フィンボスを代表する「プロテア」や「ピンクッション」。中でも「キングプロテア」は南アフリカの国花で、王冠のように紅色の花弁がひらくのです。プロテアは、1億年近く前の恐竜が闊歩した時代にさかのぼる、最初の花の一つだといわれます。

キングプロテア

 

2.喜望峰は、10年に一度の山火事!

 ケープタウンから南へ50㎞つづくのがケープ半島です。南極からの寒流とインド洋の暖流が渦巻き、船乗りたちにその突端は“嵐の岬”と恐れられました。沿岸を歩くと、今も難破船の残骸がいくつも見られます。ヴァスコ・ダ・ガマがこの岬を回り、1498年にインド西海岸に到達したことで“喜望峰”と改められたとか……。

 2000年、テーブルマウンテンから吹き下ろす強風が火の手を広げ、ケープ半島の4割を焼き尽くしました。乾いた土地ゆえに、山火事はほぼ10~15年に一度くり返します。こうした火災に耐え、見事に適応したのがフィンボスです。例えばプロテアは、厚い樹皮におおわれ、山火事の中でも新芽が生き延びます。

 それを証明する「怪物プロテア」が、ケープ半島に立っています。樹齢100年を超え、なんと10回ほど火事に遭った大木。黒焦げですが、枝先にこんもりと新芽がつきオレンジの花も咲かせていました。プロテアは、火事があると初めて固い殻をひらき、綿毛にくるまれた種を風にのせ飛ばすのです。

 焼け跡に先駆けて咲く花もあります。アヤメ科のラペイルージア。檜扇の先っぽに、6枚の花弁をパっと開いたごとき立ち姿。熱と煙が眠りを覚ますのを、土の中で球根はじっと待っていました。焼き払われた大地は灰が肥料になり、陽の光に満ちた好ましい環境になっているのです。

 焼け跡を巡ると、まだ知らない“生命のサイクル”を発見できるかも?

 

3.セダーバーグの奇岩は宙に浮く!?

 ケープタウンから北へ200kmの山地にあるのが、セダーバーグ原生地域です。この一帯の地層は、もろくて崩れやすい砂岩。それが風雨に削られ、奇想天外な光景をつくりました。宙に浮くように1点で支えられた巨岩、高さ25mものT字型の石塔など、奇岩が次から次へと登場します。そんな独特の地形が、セダーバークにしか育たない固有種を生んだのです。

セダーバーグの奇岩 南アフリカからの南アフリカ観光, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

 そもそも、なぜケープ地方だけで1つの植物区になったのかは、地形と深く関わります。アフリカ大陸の南端に、セダーバーグを含めたL字型の山脈があり、それが防波堤になって生物の交流をさまたげ、山脈から海までの狭いエリアを別世界にしたのです。

 地球上でセダーバーグの谷だけに咲く、幻の花のオンパレード。細い茎をウロコみたいな葉が覆い天辺がモコモコの白い花・レウカデンドロン、スパイダーヘッドの仲間……ふしぎな花々1800種がかくれる王国です。

 世界中で愛されるルイボスティーの茶葉“ルイボス”も、ここセダーバーグ山地だけに自生するマメ科の針葉樹です。他所の土地で育てようとしても失敗すると聞きました。

 元は、この地で暮らしてきた先住民コイサン族が薬草として採り、天日で乾かし発酵させ「不老長寿の飲み物」にしていました。それが健康茶として広まったのです。

 南半球にあるケープ地方は、11~3月にかけて夏。暑く乾燥して、時に強い風が吹き荒れます。咲く時期がそれぞれ異なる野生のフィンボスの花を、保護区の広大なエリアの中で見つけるのは大変です。現地ガイドを同行することが不可欠でしょう。

 世界遺産エリアを外れますが、さらに北に広がるのが「ナマクアランド」。そこは不毛な礫砂漠ですが、年に一度だけ花々が一斉に咲き乱れ、“神々の花園”と呼ぶにふさわしい光景が出現します。冬8~9月頃の雨が降った後だけのワンチャンス! 多肉植物のパラダイスでもあり、花マニアなら一度は訪れたい場所かも知れません。

 

※保護区によって、立ち入り制限・禁止をされたり、特別の許可がなければ入場できないケースがあります。入場料も変更されますので、保護区ごとに最新状況をご確認ください。また花々は、年により咲く時期がズレます。南アフリカは南半球にあり、日本とは季節が逆になりますのでご注意ください。

※旅行に行かれる際は外務省海外安全ホームページなどで現地の安全情報を確認してからお出かけください。

https://www.anzen.mofa.go.jp/