赤穂浪士事件を題材に、リアルな演出や人間模様で大人気に
赤穂浪士事件を題材にした歌舞伎や浄瑠璃、浮世草子などはそれまでもさまざまつくられてきたが、『仮名手本忠臣蔵』があまりによくできているため、現在に至るまで実際の事件のことも「忠臣蔵」と呼ぶようになった。上演回数も圧倒的に多く、不入りの際の切り札として使われてきた、いわばテッパン演目だ。
文楽や歌舞伎といえば、主筋の首の代わりに自分の子など他の者の首を差し出す「偽首(にせくび 贋首とも)」など現代の私たちには受け入れ難い事態や、お姫さまに狐がのりうつって宙を飛ぶなどのおとぎ話のような設定がよく出てくるが、『仮名手本忠臣蔵』にはそれがない。
隈取(くまどり)の首(かしら)も出てこないし、衣裳も写実的。御殿で傷害事件を起こした塩谷判官は切腹となり、領地は没収(会社でいうなら倒産)。主君の無念を果たそうという者もいれば、それよりお家の資産を山分けして新しい人生をという声も上がったり、そんな騒動のさなかに逢い引きしていた恋人たち(文楽の常で女性の方が積極的)が騒動の最中の城内に戻れず、女の実家に身を寄せたり、と、リアルな人間模様が繰り広げられる。
竹本座での初演後すぐに歌舞伎にも移されこちらも大人気となった。
人形浄瑠璃に敬意を払い、大序(だいじょ)「鶴が岡兜改め(つるがおかかぶとあらため)の段」冒頭では、舞台上の役者たちはみんな下を向いて人形のように動かず、名前を呼ばれて初めて息を吹き返したように動き始めるという演出になっている。
また、五段目に登場する斧定九郎(おのさだくろう)を元々の山賊姿から、白塗り・黒紋付の着流しという、悪くてかっこいい色悪(いろあく)姿にしたのは歌舞伎役者の工夫で、それが人形浄瑠璃に取り入れられるという逆輸入パターンもある。