文=細谷美香
70年代、ボストン近郊の全寮制の学校が舞台
ワイン好きで離婚歴のある中年男の恋を描いた『サイドウェイ』の名コンビ、アレクサンダー・ペイン監督とポール・ジアマッティ。久しぶりにタッグを組んだ、おかしくて優しいクリスマスムービー『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』が届いた。
舞台となるのは70年代、ボストン近郊の全寮制の学校。クリスマス休暇のためほとんどの教師と生徒が家族のもとへと向かうなか、“置いてけぼり”になった3人が過ごす数日間が描かれる。
古代史の教師であるハナムは堅物すぎる性格で同僚や生徒たちから煙たがられ、斜視や体臭についても陰口を叩かれている。家庭の事情で寮に居残ることになって不貞腐れている生徒のアンガス、そして寮の料理長、メアリーも交え、仕方なく過ごすことになった休暇の先に見えるものとは——?
取り繕わずに本音や文句を言い合い、衝突しながら対話をするうちあぶり出されていくのは、それぞれが胸の内に持つ秘密だ。今も非常勤で働いているハナムの過去、アンガスの反抗的な態度のなかに見え隠れする、ティーンらしい家族への純情。メアリーが抱える、ベトナム戦争で命を落としたひとり息子への想いが、じんわりと観る者の心にも染み込んでくる。
哀しさと妙な愛らしさでハナムを演じたポール、オーディションで抜擢されて複雑な心理を細やかに伝え、新人とは思えない存在感を示したドミニク・セッサ、胸の奥に悲しみを抱えた料理長を演じてアカデミー賞助演女優賞を受賞したダヴァイン・ジョイ・ランドルフ。軽妙なセリフのやり取りには思わず吹き出してしまうようなユーモアも漂い、3人のアンサンブルから目が離せなくなる。
音楽や衣裳が時代のムードを伝えるだけではなく、映像の質感そのものがまるで70年代の映画のよう。クリスマスの夜、ボストンに行きたいというアンガスの願いを叶えるために車を走らせる物語には、ロードムービーの趣もある。クラシカルな映像で描かれる寮のなかの寂しさと温もり、冬のボストンの景色にも、監督が愛しているという『さらば冬のかもめ』などの作品を思わせる情感が宿っている。
ハナムとアンガスの関係は教師と生徒という言葉だけでは説明がつかず、擬似親子や友情ともひと味違うような気がする。連帯や絆という大げさな表現も似合わない。きっとラベリングする必要がない関係なのだろう。
アレクサンダー・ペイン監督は、人が誰かのことを思い、気持ちが確かに交差した一瞬をさりげなくすくいとり、ほのかな明かりを灯してみせた。この交流がずっと続くとは思えないし、再会することもないかもしれない。けれど、たぶんそれでいいのだ。ほんの数日間の出来事や聖なる夜の思い出がこれから先の3人の人生を支え、何度も救ってくれることだろう。