なぜ、マネキンなのか?
デ・キリコ作品の奇妙な味わいを深める要素として、マネキン(マヌカン)を思い浮かべる人も多いだろう。女神、英雄、哲学者、予言者……。デ・キリコは様々な人物をマネキンに置き換えて作品を制作した。
なぜ、マネキンなのか。特定のモデルを使って作品を描けば、その人の個性や顔立ちに作品が影響を受けてしまう。だがマネキンであれば、そうした影響を排除し、無個性な物体として描くことができる。この試みは成功した。デ・キリコの作品に漂う奇妙な印象は増幅することになった。
本展には世界各地の美術館が所蔵するマネキンの重要作が集結している。ギリシャ神話に登場する知識と芸術の女神を題材にした《形而上的なミューズたち》(カステッロ・ディ・リヴォリ現代美術館)、トロイアの勇将ヘクトルとその妻を描いた《ヘクトルとアンドロマケ》(ローマ国立近現代美術館)、ギターを弾く人物を表した《南の歌》(ウフィツィ美術館群ピッティ宮近代美術館)。
ニューヨーク近代美術館からは《予言者》が来日。マネキンが見つめる黒板には、透視図法を用いた建物、彫像の背中、TORINOの文字、謎めいた記号などが書かれている。これがデ・キリコの頭の中なのだろうか。脈絡のないモチーフの配置に、見れば見るほど謎は深められていく。