必要なのは競技会との差別化

 だからこそ、フィギュアスケートに軸足を置く人材の育成が重要だと言う。

「私はスケートの優れた作り手がもっと現れなければいけないと思っていますし、振付家という意味での人材育成がさらに促進されなければならないと思います。個々のプログラムを創作するだけでなく、ショー全体を総合的に演出できるような人材が、これからより一層求められるようになるでしょう。すでに十何年以上、本当にコアなファンはついてきてくれていると思うので実に目が肥えているはずなんです。チケット価格がかなり高騰しているだけに、少しでもクオリティが落ちた時点で顧客が離れてしまう恐れがあります。そうした肥えた目による鑑賞にも耐え得る質のショーを創作することのできる人材を、スケート業界の中から輩出していかなければなりません」

 そして町田は同時に、スケーターの育成も訴える。

「今までは競技会で成功した人を招聘していましたが、やはりこれからは見出して育てるということも必要だと思うのです。しかも日本だけではなくて、世界中から有望なショースケーターを見出し、育てることに試みることも大事だと考えています。

 競技会とアイスショーは同じフィギュアスケートですけれども、両者は互いに差別化する必要があります。実際問題として、競技会の方が競技的に面白いわけです。4回転ジャンプをものすごい跳んでいて、限界を突き詰めるようなパフォーマンスで、勝負というエンターテイメント性もありますよね。そうした競技の世界で成功した人を招聘してくるだけではなく、やはりアイスショーの舞台だからこそ見ることができるようなショースケーターを育てていくことが、この分野の課題だと思います。

 昨今、個人スケーターの演技を入れ替わり立ち替わり展開していく定番型のアイスショーだけでなく、アニメのアダプテーションや、演劇やミュージカルとのフュージョンなど、色々な趣向を凝らしたショーが誕生してきています。そうした多様なショーを通じて、舞台人としてのスケーターが次々に育ってくるなら、ショーの未来も随分違ってくるのではないかと期待しています」

 アイスショーの今後を真摯にみつめる視線と提言。そこには、アイスショーの意義を理解し、そしていち早く課題を感じ取り、発展のために自ら実践してきた時間も込められている。(続く)

 

町田樹(まちだたつき)スポーツ科学研究者、元フィギュアスケーター。2014年ソチ五輪5位、同年世界選手権銀メダル。同年12月に引退後、プロフィギュアスケーターとして活躍。2020年10月、國學院大學人間開発学部助教となり2024年4月、准教授に昇任。研究活動と並行して、テレビ番組制作、解説、コラム執筆など幅広く活動する。著書に『アーティスティックスポーツ研究序説』(白水社)『若きアスリートへの手紙――〈競技する身体〉の哲学』(山と溪谷社)。4月27日には世界的バレエダンサーである上野水香、高岸直樹とともに「Pas de Toris――バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲」に出演、振付・演出も手がける。