企業がアジャイルを取り入れるメリットは、スピードが上がるだけでなく、一人一人が自ら考え、判断できる組織に変わることにある。東京電力グループのテプコシステムズもアジャイルを組織全体に展開し、その意味を実感している。同社はリーンとアジャイルを組織全体に展開するフレームワークを核としたビジネスシステム「SAFe®️」(読み方:セイフ)を導入する中で、一人一人の意識が変わっていく様子を見たという。テプコシステムズ取締役 常務執行役員の沼田克彦氏と、同アジャイルセンター所長 の望月大輔氏に話を聞いた。
グループ統一のガイドを作るも、続かなかったアジャイルの機運
東京電力グループでは、5年以上前からアジャイルを浸透させる取り組みを進めてきた。だが、なかなか定着しなかったという。その状況を、沼田氏はこう説明する。
「2018〜2019年には、グループ共通のアジャイルガイドを作成し、アジャイル開発手法のルールや進め方をまとめました。当時、東京電力グループは大きな変革期を迎え、分社化や、外部との共創活動の立ち上げなど、新しい動きが出てきました。それらを加速させる手段の一つにアジャイル開発の環境整備があったと言えます。しかし、いくつかのプロジェクトはアジャイルで行われたものの、単発で終わり、なかなか定着しませんでした」
こうした課題は、同グループのシステム子会社・テプコシステムズでも同様だった。“tepsys labs”という共創環境の立ち上げや、リーンスタートアップなどの取り組みを経て、上記のアジャイルガイドを使い、PoC(概念実証)のような形で一時的なアジャイル開発のプロジェクトを創出しては対応したが、その動きも瞬く間に沈静化したという。2022年3月、新規アジャイル案件の計画状況はゼロ状況のままであった。
コロナ禍の逆風もあり機運の高まらない時期が続いたが、それでもテプコシステムズでは「これからの企業経営にアジャイルは必要不可欠」と考え、改めて本格的な社内展開を計画したという。その理由について、同社のアジャイル推進を担った望月氏は「DXの潮流が高まる中で、アジャイル思考こそDXを加速させると考えていました」という。
「さまざまなビジネスやサービスを見ても、前提条件が途中で変わるケースが増えています。さらに新たな技術やトレンドも絶え間なく変化しており、先の見通しは予測しにくい状況です。その中では、間違いなくアジャイルが必要だと感じていました」
SAFeを選んだ理由は「経営やビジネス部門も含んだ組織全体でのアジャイル実践が必要だと教えてくれたから」
ここで同社が活用したのがSAFeだった。これは、世界2万以上の組織で使われるビジネスアジリティを実現するフレームワークである。
「私がSAFeの研修を受けたとき、当社でアジャイルが広まらなかったのは、開発現場だけでそれを実践しようとしたからだと痛感しました。SAFeの理論はそうではなく、経営やビジネス部門まで巻き込まなければアジャイルは広がらないことはもちろんのこと、単なる開発手法に留まる話ではない、というものだったのです。そもそもサービス開発は、企画や経営とつながっているものです。開発の上流・下流ともにアジャイルでなければ実現できません。実際にSAFeでは、アジャイルを進めるための経営の振る舞いから、ビジネス部門と開発部門の関係構築、資金の管理まで、企業全体ですべきことが体系化されていました」と望月氏は語る。
これをきっかけにSAFe導入を決定すると、まずは東京電力グループやテプコシステムズの経営層をはじめとして、グループ各社のCIOや情報システム部門長など、トップダウンでSAFeの研修を実施した。具体的には、アジャイルの考え方やマインドを浸透させたという。その後、開発メンバーやビジネス部門など、あらゆる職種が研修を受けていった。
続けてSAFeを使った新規サービス開発に着手し、すでにローンチへと辿り着いたという。それが2023年11月発表の「TEPCO Data Hub」である。概要を簡単に説明すると、東京電力グループが持つあらゆるデータ、例えば電力設備の稼働状況から顧客の情報や声、社員の経験やノウハウといったものをこのサービスに蓄積し、次の価値創造に活かすデータプラットフォームである。
「開発の背景として、東京電力グループでは『TEPCO DX』を進めています。あらゆる事象の徹底的なデータ化により、将来のゼロカーボンエネルギー社会の実現を目指すものです。CO2削減はもちろん、レジリエンスや防災の力を高めるためにもデータ化は重要であり、その目的を達成するためにTEPCO Data Hubがあります」(沼田氏)
導入の効果は「指示待ちではなく、自分で考える組織になったこと」
TEPCO Data Hubは、計画からローンチまで11カ月という短いスパンで構築できたとのこと。望月氏は「通常の新規サービス開発より40%ほどTime To Market(※企画から市場投入までの時間)を削減できたと評価しています」と話す。
SAFe導入により、こうしたスピードのメリットを感じたのはもちろんだが、それ以外にも大きな効果があったという。
「若手からベテランまで、誰もが『指示を待つのではなく、自分で考えて判断する』という意識が芽生えました。SAFeでは3カ月に1度、PIプランニングという経営層、ステークホルダー、マネジメント、開発メンバー等、関係者全員が集まる2日間の計画イベントを開き、次の3カ月間に各アジャイルチームが行うことを一気に決めていきます。基本的に、答えを保留して持ち帰ることはしません。このとき、立場に関係なく全員でフラットに話し合って決めるので、全員が考えて意見を言います。上司が『あれをやってくれ』と指示を出し、部下は言われたことだけをやる世界観とは真逆なのです」(沼田氏)
沼田氏は、テプコシステムズ自体が「自ら行動・提案し、ビジネスにつなげる組織に変わろうとしている最中です」という。だからこそ「アジャイルによって生まれた今回の意識変化は、われわれが目指す姿そのものでしょう」と話す。
あわせて望月氏も「自分で考えるからこそ、アジャイルは人の成長につながると思います」と続ける。
「全員が主役として意思決定に参加するので、特に若い人のモチベーションが上がり、各々自立していきます。すると今度は、一人一人がお客さまのためにもっといいアイデアを出したい、あるいは仲間をサポートしたいと、他者に貢献する動きが出てくるでしょう。それこそが今回の大きな成果でしたし、成長ややりがいにつながるのがSAFeだと思います」(望月氏)
スピーディに判断する分、選択を間違えてはいけないというプレッシャーもある。「アジャイルはその場でスピーディに決めるからこそ、本当にこの判断で問題ないか、冷静に指摘する必要があります。私自身は、長年ウォーターフォールで開発に携わってきた人間ですが、これまで培ってきた考え方や見方も俊敏な意思決定に役立っていると感じています」(沼田氏)
今回得られたもう一つの大きな効果として、先述したように開発現場だけがアジャイルになるのではなく、経営から現場まで、会社全体がアジャイルになるのも大きなポイントだと沼田氏は振り返る。
「SAFeでは、経営、開発チーム、ビジネス部門など、それぞれの立ち位置の人間がアジャイルのために何をすれば良いのか整理されています。自分は今ソリューション開発のどこにいて、何に取り組む必要があるのか明確にわかるので、会社の一部だけでなく、全体にアジャイルの動きが広まっていきます」
望月氏も「今回の新規サービス開発は、開発メンバーだけでなく、その手前で企画やビジネスモデルを決める人、あるいは経営層も一緒になって議論しながらアジャイルで進めていきました。仮に従来通り、企画はその部門だけで決め、開発以降をアジャイルにしたのなら、これほど早くローンチできなかったでしょう」と話す。
今回の取り組みを一過性で終わらせないよう、次の動きも進んでいる。テプコシステムズでは2023年、アジャイルを浸透させる「アジャイルセンター」を立ち上げ、望月氏が所長を務めてきた。この組織をさらに拡大し、2024年4月からは「ビジネスアジャイルセンター」となった。
同センターではその名の通り、ビジネス部門も在籍して、開発と一体でアジャイルに取り組んでいく。案件の組成から開発・ローンチまで、この組織内で回せるという。まさにSAFeの思想にある通り、「開発単体ではないビジネスも含んだ組織全体でのアジャイルの実践」だ。
テプコシステムズが進めるアジャイルの取り組み。スピードを上げるだけでなく、一人一人の意識やモチベーションを変えるこの動きは、今後も進展していくことだろう。
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■お問い合わせ先
株式会社テプコシステムズ
https://www.tepsys.co.jp
Scaled Agile-Japan合同会社
https://scaledagile.com/jp