慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 松下幸之助チェアシップ基金教授 清水 勝彦氏

 上場企業に人的資本に関する開示が義務付けられたことから、人的資本経営に取り組もうとする企業も増えている。その実現に向け、人事部が主導的な役割を担っていくべき、変わるべきであるという声も多い。一方で、人的資本経営は人事部だけの問題でなく、経営の問題だとする指摘もある。

 2024年3月11日・12日にオンラインで開催された「第6回 戦略人事フォーラム」では、「戦略人事」の実現に必要な考え方や方法論について、有識者や先進企業の事例を交えて紹介された。注目されたセッションの一つが、慶應義塾大学大学院の清水勝彦氏と、デフィデ株式会社CEOの山本哲也氏の対談だ。「人的資本経営は『戦略そのもの』」と題して、人的資本経営を戦略と捉えることの重要性、さらにはそこでの経営者の役割について意見が交換された。以下で、セッションの内容を振り返る。

企業の競争力の源泉は「人」

 慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 松下幸之助チェアシップ基金教授の清水勝彦氏はMBAを含め10年間の戦略コンサルティング経験の後、米国の大学で博士号を取得、米国のビジネススクールで10年間教鞭をとった後、2010年より現職を務める。研究者として一流と認められる米国のテニュア(終身在職権)を得ながら日本に帰国した背景には、「日本の企業はもっと強くなれるはず」という強い問題意識があったという。M&Aの研究で世界的に知られ複数の国際学術誌の編集委員を務めながら、現在は日本企業の本社のあり方、人材の戦略課題などにフォーカスした研究を行っている。
※慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 清水教授の研究室

 山本哲也氏がCEOを務めるデフィデ株式会社は、HRテック、FinTech、AIソリューション、DXコンサルティング、DX開発などを手掛けているが、最近では、日本企業に最適化したジョブ型タレントマネジメントを可能にする人事制度改革プラットフォーム「JOB Scope(ジョブ・スコープ)」を提供し注目されている。


デフィデ株式会社 代表取締役CEO JOB Scopeシニアコンサルタント 山本 哲也氏

「JOB Scope」は、経営理念から組織・職務定義の上、採用・配置・キャリア開発、目標管理・1on1フィードバック面談・評価・賃金査定・サーベイ・評価分析が包括的かつシームレスに連動するタレントマネジメントサイクルを実現する。無料で購読できる「JOB Scopeメールマガジン」では、人事改革支援につながるアカデミアの有識者へのインタビュー記事が毎週届くとあって、経営者や人事パーソンに高く評価されているという。

 清水氏へのインタビューも「JOB Scopeマガジン」に掲載されている。山本氏は、清水氏の記事を振り返り、「人的資本経営は人事部に任せておく話ではない」「人的資本経営は『戦略』そのもの」という清水氏のコメントに共感したと語るとともに、「上場企業に対する人的資本の開示が義務付けられましたが、現状は教育研修など、定量的な部分の開示に留まっている企業が多いように思います」と懸念する。

 それに対して清水氏は、「企業の強みは結局、『人』によって左右されます。イノベーティブな製品もそれを生み出すのは人です。新規事業を創出するにも、規模を拡大するにも、人がいなければ不可能です」と話す。「自社の強みは何か」と考えると、結局は人に行きつくわけだ。競争力の源泉は人なのである。

「ただし」と清水氏は指摘する。「人に行き着くのはいいのですが、会社の中で誰がどのような経験を持っていて、どのようなことをやっているかきちんと把握できている経営者は少ないという印象を持っています。また、限られた資源を何に投資するかという観点では、戦略は必ずトレードオフになります。人に投資をするのであれば、別の投資を減らさなくてはならない。それで本当に経営をしていけるのかと議論をしていかないと、戦略として成り立たなくなります」

経営者が人を育てることにコミットすべき

 ではその戦略は誰が考えるのか。清水氏は「CHRO(最高人事責任者)や人事部長だけでなく、経営戦略、経営企画、戦略担当の方や、事業部の長の方がもっとコミットする必要があると感じています」と話す。

 中には、経営者が「人が関わるところは人事部の仕事」と、任せきりになっている企業もある。だが、人事部門は労務管理や入退社管理、教育などの業務に追われ、戦略的に業務が行えていないケースも多い。山本氏は「経営者が組織戦略を含めて人を育てることにコミットすべき」と指摘する。清水氏は「その通りです。結局、経営者の仕事は極端に言えばそれだけだと思います」と答えた。

 そこで注意すべきは、人を育てようとして制度を作ることに注力する企業が多いことだ。「制度を作っただけでは魂が入りません。それに対してどのようなフィードバックを経営に持っていくかが大切です」と清水氏は話す。

 欧米の企業は人材育成に力を入れ、経営トップが率先して研修の場に臨むケースも多い。それに対して日本の企業はどうか。清水氏は「日本でも教育に力を入れている企業が多いようです。ただし、採用はもちろん、その人材が適材適所で活用できているのか踏み込めていないようです」

 山本氏はタレントマネジメントサービス「JOB Scope」を提供している経験から、「人材のミスマッチを防ぐためには、採用する段階で戦略が重要です。ところが人手が足らないので、とりあえず人を採用して教育をしています。それが結果的にミスマッチにつながっていると考えられます」と話す。

CHROは人事部出身に絞る必要はない

 経営者が経営全体の観点で戦略的に採用や人材育成を進めることは非常に重要だが難しいテーマでもある。経営者はどのような点に留意すべきか。またその際に、人事部門はどのように経営者をサポートすべきか。

「人事部が変わるのではなく、経営が変わらなければならないと意識すべきです。人事部門はコンプライアンスなどやらなければならないこともあります。ただし、ルールを守るという話と、企業の成長のための人を育てるというのは分けて考えるべきです。そこで大切になるのがCHROの存在です。CHROが全体最適の観点で中長期的に人を育てる組織づくりを行うべきです」(清水氏)

 そのためにはCHROに一定の権限が必要だと清水氏は話す。人事部門はコストセンターと捉えられがちで、営業部門などより発言権が少ない企業も多いが、「人が育つ組織にするためにはCHROを他の部門の長と同格かそれ以上にすべきです」(清水氏)


(写真左) デフィデ株式会社 代表取締役CEO JOB Scopeシニアコンサルタント 山本 哲也氏
(写真右) 慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 松下幸之助チェアシップ基金教授 清水 勝彦氏

 かつて日本企業では総合職として採用し、ジョブローテーションをしながら組織の中身を知り、幹部候補生として上っていくというのが一般的な流れだった。最近では、ジョブ型雇用を導入する企業も増えており、ジョブローテーションをしない傾向も出てきている。

 清水氏は「人のポテンシャルは本人にも分からないものです。さまざまな部門を経験することで自分が何に向いているのか確認することができます。その点では、人の成長のためにジョブローテーションも有効だと考えます。そこで大事なのは、少しぐらい失敗しても復活できる仕組みがあることです。挑戦をし続けられるカルチャーも大切です」と話す。

 セッションの結びにあたって清水氏は、「経営者の中には、忙しくてなかなか人事の時間が取れないと話す人もいますが、これは逆です。まず人に関わる時間を取り、残りの時間で他のことやるようにすべきです。それが経営者の仕事であり、そのトレードオフこそが戦略そのものですから。また、CHROの役割が重要だと言いましたが、現状は人事部出身者をCHROに就かせる企業が多いようです。私は営業部門や経営企画の方がCHROになるという発想がもっとあっていいと思います」と話した。

 山本氏は「JOB Scopeマガジン」では清水氏のインタビューのほか、人事改革を支援する有益な情報を提供しており、「ぜひ活用してほしい」と結んだ。

<PR>
デフィデ株式会社へのお問い合わせはこちら
※清水教授のほか、学習院大学 守島教授や慶應義塾大学 岩本教授など、
 人事改革支援につながるアカデミアの有識者へのインタビュー記事が多数掲載!

「JOB Scopeマガジン」はこちら