光悦は“マルチプロデューサー”の先駆け
こうした背景を理解すると、本阿弥光悦という人物像が見えてくる。膨大な財力を元手に最高級の素材を集め、一流の職人たちが多彩なジャンルの作品を生み出していく。その中で光悦はプロデューサー兼アーティストとして作品の制作に関わった。
光悦の指料と伝わる唯一の刀剣『短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見』は美濃国で活躍した刀工・志津兼氏の作。指裏に光悦の筆と伝わる「花形見」の金象嵌が施されている。
『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』は俵屋宗達との共作として名高い和歌巻。宗達は右から左へ群れをなして飛び行く鶴を金銀泥で描き、光悦はその上に三十六歌仙の和歌を記した。宗達の下絵、光悦のリズム感あふれる“散らし書き”ともに素晴らしいが、何より両者の調和のとれた一体感にプロの技を感じさせる。「絵と書を別々に制作したのではなく、光悦と宗達が同じ場で共同制作した」とする説もあるが、そう思いたくなるほど絵と書が美しく呼応している。
光悦の造形センスが光る「楽茶碗」
展覧会の最終章「光悦茶碗ー土の刀剣」の展示では、アーティストとしての本阿弥光悦を堪能できる。光悦の茶碗は手捏ねで成形し、箆で削り込んでいく楽茶碗のスタイル。碗ひとつひとつ、形や釉調が異なり、際立った個性を醸し出している。展示室に並んだ十数点の茶碗、それぞれに見ごたえがあるが、光悦茶碗の中でも屈指の人気を誇る『黒楽茶碗 銘 時雨』はやはり素晴らしかった。
黒い艶のある釉が使われているが、器の表面に釉がほとんどかかっていないザラザラとした部分があり、その土味が静かで緊張感ある景色を作っている。その静謐な景色を光悦は初冬の寒々とした「時雨」にたとえたのだろう。箆で水平に切られた口にも緊張感がみなぎる。刀の世界に生きてきた光悦ならではの鋭い造詣意識の表れといえるかもしれない。
日蓮法華宗を厚く信仰し、法華町衆のリーダーとして広大な大宇宙を築き上げた本阿弥光悦。一度展覧会を見ただけで全貌が理解できたとはまったく思わない。ただ、その宇宙をもっと深く探っていきたい。そんな気持ちを抱かせる展覧会だった。