そんなヨラムさんは、飲み頃になった日本酒をただ出すということにも重きを置いていない。お酒を飲む順番、流れをとても大切にしているのだ。
「日本酒だけで、フレンチのコースのような流れを作りたいんです」。
アミューズに始まり、前菜があって箸休めを経てメインからのデザートまで、ゆったりと流れる楽しい時間を作り上げ、新しい日本酒のポテンシャルを引き出していきたいと話す。
そのための仕掛けをするのが自分の仕事なのだという。だからゲストには好きな日本酒のテイストについて丁寧にヒアリングし、そこをとっかかりに即興で流れを考えるのだ。
ほんの2~3年のつもりが、気が付けば滞在は30年を超えた
イスラエルからやってきたヨラムさんが、どうして京都で日本酒バーを開くに至ったのだろうか?
ヨラムさんは大学を半年で中退し、さてどうしたものかと途方に暮れているときに、日本に行って日本語を学ぼうと考えたのだそうだ。それがたまたま京都だったという。
「ちょうどバブルが膨らみ始めた頃でした。まだインターネットが普及する前の世界ですから、情報はほとんどない。だから日本語なら何とかできるかなぁという甘い考えでした」と笑う。
日本で暮らすようになり、日本酒を飲む機会もあったが最初の頃はとくにハマるようなことはなかった。「今から思えばいい酒を飲んだことがなかったんですね」と笑う。
3年ほどして、本人曰く“まともな純米酒”を飲む機会に恵まれた。
今まで飲んでいたものとあまりにも違っていたことで、軽い衝撃を受けたという。それがひとつのターニングポイントとなった。そこから様々な出会いを重ね、やがて日本に来て14年目、2000年に「酒BARよらむ」をオープンすることとなる。
「鏡を見ると、誰でもそこに写る自分をノーマルだと思っていますよね。ところが自分がノーマルかどうかは自分で判断するものではなく、人が見て初めて分かるものでしょ。私は自分がノーマルだと思っていましたが、店を開いてみたら、予想していた仕事帰りのいわゆる“普通”の人はほとんど来なくて、個性の強いお客さんばかりです。そういう人が自分と気が合うからです。つまりノーマルではないことが分かったんです(笑)」。
なんともユニークなこの言葉が、「酒BARよらむ」を表すにもっともふさわしいかもしれない。
誰もが、自分が好きなものは他の人も好きだろうと思いがちである。でもヨラムさんの“好き”は他の人とは違うと分かったのだ。逆に考えれば、それは強みであり、この店に通う意義でもある。
ヨラムさんは、日本酒はバーのように静かな場所でゆったり飲むことができる酒だと考えている。だからスタンスはまさにスコッチウイスキーを語るバーテンダーのようである。
“日本酒は食中酒であり、食事と一緒に味わうもの”そんな思い込みを気持ちよく覆してくれるのだ。
この日、フィニッシュに出してくれたのは千葉県にある木戸泉酒造の『白玉香』の飲み比べだ。同じ銘柄だが、現行品の若い酒とヨラムさんが“くじけそうになった”という14年熟成させたものである。
まさに14年と言う年月を味わうショットである。先ほどの言葉のように、白ワインがシェリー酒に変わる現象がそこには起きていて、目の覚めるような驚きが待っていた。
ふと思いついて「お燗はするのですか?」と聞いてみると、
「お客さんの好みならすることもあります。お酒に限らず、どんな食べ物でも温度が変われば味が違います。そこには個人の好みがあるからです。ただ私は、日本酒に飲みやすいという側面を求めていません。常温の方が繊細な味が表現されると思います。そこでものによって軽く冷えたお酒かまたは常温のものを好んでいます」という。
ここでは、初めて出会う酒という気持ちで日本酒に挑んでみたい。きっと自分が見ていた角度からではない、新しい発見をはらんだ日本酒の魅力に出会うことができるだろう。