取材・文=岡本ジュン 撮影=村川荘兵衛
日本酒の新しい可能性を求めて、京都の夜は更けていく
髪を切っているとき、京都に行くと言ったら美容師さんが「面白い日本酒バーがあるんだよ」と教えてくれた。店主はイスラエル出身で、古酒をたくさん抱えた日本酒専門のバーだという。かなり気になるではないか。それがこの店を知るきっかけであった。
店にたどり着くと、静かな佇まいにさらに好奇心はかきたてられた。ガラスの引き戸の向こうに玉砂利を敷いたアプローチがあり、ぼんやりと灯りに浮き上がっている。その奥にカウンターが鎮座していた。細長いアプローチのミステリアスな雰囲気は、日常から非日常へ渡る橋のようにも思えるのだ。飛び石を踏んでたどりついた小さなカウンターは、そこだけほんわりと温かい光の輪に包まれている。
自分の信じる日本酒を、どうゲストに寄り添わせるかが難問
「今、どんなお酒が飲みたい気分ですか?」
カウンターに着くと、イスラエル人の店主ヨラムさんが流ちょうな日本語で聞いてくれる。まず相手が今飲みたいものを尋ねるのは、お客さんに寄り添ってあげたいと考えているからだ。とはいえそれは万能と言う意味ではない。
「水のような日本酒が好きといわれたら私はうれしくありません(笑) 日本酒は味のあるものですから、その味を無理に取り除いたようなお酒は好きではありません」とヨラムさん。
日本酒はフレッシュなものから熟成酒まで幅広く揃えているが、最も大切にしているのはその日本酒を店頭に出すタイミングという。
「お酒は誰かが造ってキャップを閉めたら、それで飲み頃になったとは限らないんですよ」。
ヨラムさんが飲み頃と判断するまで、必要とあらばいくらでも寝かせ、その日本酒が最高の状態になるまで待つ。この日も14年熟成させたという日本酒が登場した。
「若い状態で飲んだ時に硬い味わいの印象ではなかったので、これだけ年月がかかると予想していませんでした。途中で私も諦めかけましたよ」と冗談交じりに説明してくれる。確かに14年という年月は生半可では待てない。もはや待つというより育てるという感覚なのかもしれない。
「ワインの熟成は角が取れて旨みが増しますが、核となる味は変わりません。しかし日本酒は白ワインがシェリーに代わるような変化があるんです。そこが面白いでしょう。世界中のお酒の中でも、同じ原料でこれだけ味の幅の広いものはありません」。
そう聞いて「そんなに味の幅があるお酒だったかな?」と思った人も少なくないはず。
「普段、みなさんが出会うのはその中のごく一部なんですよ。それがとてももったいないと思っています」と続けた。