高貴な珈琲のシミ

目がくらむほどにゴージャスな空間でも、普段着で長居できるのがウィーンならでは

 このカフェの窓際の席からは、マリア・テレジア像が見える。マリア・テレジアはハプスブルク帝国の皇帝の妻として16人の子どもを生み、女帝としても手腕をふるい敵国から国を守った。世界に名高いウィーンのカフェ文化は、ハプスブルク家の時代に育まれ、今に受け継がれている。

静かな回廊の席、その窓からはマリア・テレジア広場が見える

 17世紀に珈琲が入ってきた当初、宮廷ではココアが飲まれていたが、マリア・テレジアの日課には一日二回の珈琲タイムが盛り込まれていた。それも珈琲に砂糖とオレンジリキュールを入れてクリームを添え、砕いたキャンディーを振りかけて。これは宮廷でブームとなり、300年近くたった今もウィーンのカフェで「マリア・テレジアを」といえば、彼女が愛したこの珈琲を味わうことができる。

美術史美術館の前にそびえたつ堂々たるマリア・テレジア像

 マリア・テレジアは時に珈琲を飲みながら仕事をしていたようで、ある時、公文書に珈琲のシミをつけてしまう。彼女はそのシミを丸く筆で囲み《恥ずかしいことで。失礼》と書き添えた。これは彼女がパンを珈琲に浸して食べていた証拠だという歴史家がいるが、真相は謎。1771年2月22日付のこの書類は、国立公文書館に保管されており、世界で最も高貴な珈琲のシミであることだけは確かだ。

 どこかに珈琲のシミをつけたことはありますか。

 

Café im Kunsthistorischen Museum
Maria-Theresien-Platz 1, 1010 Wien Austria

柏原 文・著『ヨーロッパのカフェがある暮らしと小さな幸せ』(リベラル社)