文=鈴木文彦 写真提供=ジェロボーム

ジェロボーム代表、カール・ロビンソンインタビュー(前編)

写真に写っているのは、アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットが立ち上げ、所有するプロヴァンスのワイナリー ミラヴァルのロゼワイン。本文中にもあるペラン家がブドウ栽培や醸造をコンサルティングしていて、デビューしてすぐに、世界最高のロゼワインとの評価を得た

新型コロナとワイン

 ワイン輸入会社としてのジェロボームの顧客は、実は新型コロナウイルスの蔓延前から、75%程度がレストラン等業務筋だったのが、65%くらいに変化していたという。伸びたのが家やコレクターの需要だ。

「今年に入って30週中25週が緊急事態、という状況ですからね。インバウンドもずっと止まっている。そこの数字をもってきて飲食店の売上減をいってもそれはあまり意味がないでしょう。ヨーロッパはすでに解禁ムードで、フランスの造り手やイギリスのワイン商などは、ワインが足りないほどの売上になっています。昨年、我慢していた分、いま爆発している。だから、そこはそういうものとして受け止める以外ないでしょう」

 ジェロボームが向き合うべきと考えているのは、そういう事件性のある変化ではなく、ファインワインマーケットの、漸進的な変化だ。

「そもそも、日本のワイン市場は独特で、単価が高い。ファインワインがよく売れるんです」

 これはワインの世界では有名な話だけれど、スパークリングワインの中でも高級なシャンパーニュについていうと、日本は世界第三位の市場。アメリカのワイン、として括ると、日本はそれほど目立った市場ではないけれど、こと高級なナパヴァレーのワインとなると、とたんに日本の存在感が増す。ロスチャイルド家なども、新作があれば、わざわざ一族が来日していち早くお披露目するほどだ。

シャンパーニュの造り手、ポル・ロジェは英国で愛されるシャンパーニュとしても有名。このボックスの中身は、ポル・ロジェの大ファンだったウィンストン・チャーチルに捧げられた「キュヴェ・サー・ウィンストン・チャーチル」。バックヴィンテージが並ぶ

「とはいえ、世界のトップのワインの価格は、1990年代と比べると、10倍にまで跳ね上がったようなものもあります。何十万円、場合によっては何百万円という価格になったワインが、レストランでどんどん売れる、というようなことは流石にない」

 ワインの価格の上昇は、致し方ないことでもある。世界的にワインに魅了される富裕層が増え、高価格のワインの需要が高まっても、それでブドウ畑や醸造施設が、2倍、3倍と増えるわけではない。だから需給の関係でワインの単価が上がっていく。そうなると、高級なレストランは高級なワインを持っているけれど、活発には動かず、徐々に渋滞してワインリストの華、のような存在になっていく。輸入元としては、売上が徐々に減っていくのだ。

「そうなることは予想できていました。だから、じゃあどうしたらいい、と考えたときに、 直接売らないといけない。世界トップのワインの造り手に、いまやインポーターはいなくてもいいんです。ワインの量は多くないから、造り手が直接、顧客に連絡して、予約をとってしまえば、それでもう販売は終了です」

2007年に最初のヴィンテージを売り出した瞬間、ワインの権威から絶賛されブルゴーニュの新しいスターになったオリヴィエ・バーンスタインの作品

 でも、そうなったら、ジェロボームは困るのでは?

「とはいえ、それはまだ、本当に世界のトップレベルのワインの話で、ブランドと消費者をつなぐ存在は必要です。日本では、お客さんがレストランでもショップでも、ワインを指名買いするような状況はあまりないですよね」

 

飲む人にフォーカスする

 アメリカやヨーロッパでは、ワインをお店に持ち込んだり、これこれの造り手のワインを飲みたい、といったオーダーはたしかにある。一方日本では、ソムリエ任せ、というほうがメジャーだ。

「世界トップのワインにしても、ワインと知り合う機会は必要です。たとえば、ジェロボームはペトリュスのレストランプログラムを日本で担当していますが、現実的な価格でペトリュスのワインと食事とのペアリングを愉しめる機会がないと、ペトリュスがすごいワインだということを知っていても、飲んだことがない、という状況になる。それで動産になってしまうなら、ワインじゃなくて、それこそ時計でもいい、となってしまう」

世界最大のコレクションの可能性もある、ヴィンテージ違いで揃ったペトリュスのワインたち

 あわせて消費動向も変わっているという。

「たとえば、ラ・トゥールをプリムール(先物買い)で2ケース買って、10年もっていれば、そのころには1ケースがプリムール時の2ケース分の価格になっています。つまり、タダでラ・トゥールを1ケース手に入れたのと同じなのです。世界のトップのワインはそんなマーケット。でも、いまの人たちは、120本入るワインセラーに120種類のワインも持っていて、それをホームパーティーで飲んだりするんですよ」

 そういうところでワインに触れた人が、また飲みたいとなれば、結局、ジェロボームのような会社の仕事は必要になる。

「いま、私たちがワインを売る人は、ソムリエさん、ホテルやレストランの飲料担当の方、など、直接ワインを飲む人ではない場合も多いですが、結局は、飲む人がどれだけ、ブランドに興味をもってくれるかなんです。また飲みたい、とおもったら、お店はそのワインを仕入れますよね。だからこそ、私たちは飲む人を育てたい。マインドを飲む人にフォーカスしていかないといけないとおもっています。セラードア青山はそういう考えから出来た場所です」

 

最初は、クラシックでスタンダードなものから

 では、これからワインに向き合ってみようかな、ともっている人に、カールさんからオススメするなら?

「私にとっては、扱っているすべてのワインに思い入れがあって、とても優劣はつけられません。ただ、まずは、ここで扱っているようなちゃんとした生産者のワイン。そういう造り手のワインは価格の高低にかかわらず、ちゃんとしています。

 そう、たとえば、ここにあるワインはほとんどが、わざわざ言っていなくても、当たり前のことのように、なんらかのサステイナブルなワイン造りを実践しています。そういう、ワインに誠実な生産者のワインから始めてほしい。そのうえで、最初は、クラシックでスタンダードなワインから、ですかね」

ティボー・リジェ・ベレールは18世紀から続くブルゴーニュの名門。21世紀に入って躍進し、自然環境に配慮した栽培、産地の個性を反映したワインを生み出す職人気質な造り手。比較的現実的な価格のワインが多く揃うのも魅力

 おそらくこれから先、新型コロナウイルス問題を克服したとしても、以前のように生産者が連日のように来日し、ワイン会やパーティーが毎日のようにどこかで開催されているような状況にまでは戻らないだろう。生産者が世界中のワイン好きを、オンラインのミーティングルームに招待して、ミーティングを行うようなことは、ひとつの定番のワインイベントとして定着していくはずだ。

ザ・サロンの奥にはモニターがあって、造り手をバーチャルで招いてのオンラインセッションができるようになっている
新型コロナウイルス蔓延後の家飲み需要を反映してか、入手困難気味のオーストリアのザルトのグラス。ザ・サロンで使われるグラスは水用のものふくめてすべてザルト製という贅沢
サステイナビリティを重視するジェロボーム。ショッピングバッグやギフトボックスは再生紙を使ったもの

 そういうときに、日本のワイン好きが集まる場所としてセラードア青山は機能するに違いない。なにせここには、よいコンディションのワインと、その扱いを心得たプロと、ワインに合わせた料理があるのだから。これからの時代、こういった実店舗、増えていくのではないかと筆者はおもう。