カフェのないところに文学なし

スタイリッシュなシャンデリアに金の装飾と鏡の効果で豪華絢爛

 開店記念パーティーでは、招待客は誰もがその贅を尽くした空間に度肝を抜かれたという。その一人、俳優兼作家のモルナールはこの日、公衆の面前で入り口の鍵を盗み、ドナウ川に走ったというエピソードが残っている。その鍵を川に放り投げ、永遠にそのカフェ神殿の扉が閉じられることがないように、と。やがて「ニューヨーク」は、「カフェのないところに文学なし」と文学サロンとしての地位を築く。 

「ライター専用」メニューにありつけたカフェ宮殿の「深海」

 カフェは地上階と地下一階があり、地下は「深海」とよばれ、未だ名の知れていない文士の指定席。借金を抱えた客にはお金を貸してくれる場所でもあった。金欠者専用メニュー(その名も「ライター専用」!)もあり、該当者は破格値で薄切りのハムとパンで飢えをしのげた。地上階には著名作家たちが陣取っていたが、上階地階に関係なく文士たちにはいつでも「犬の舌」(メモ帳の愛称)とインクが無料で差し出されたという。

街でよく見かける移動書店。宮殿の外でも暮らしと文学は近い存在

 時代の流れには逆らえず、かつての混沌とした雰囲気は払拭されてしまったが、あの鍵をモルナールがドナウ川に放り投げてくれたおかげで、ブダペストの「ニューヨーク」は数々の危機を乗り越え、今もその伝統に忠実に、年中無休でその扉をひらいている。

 あなたが川に投げたい鍵はありますか。

New York Café
Erzsébet krt. 9-11, 1073 Budapest Hungary

柏原 文・著『ヨーロッパのカフェがある暮らしと小さな幸せ』(リベラル社)