富山を寿司の聖地にする
中野 富山県のクリエイティブディレクター就任、おめでとうございます。富山のブランディング第一歩として「寿司といえば、富山」というイメージを作ること、と伺いましたが、その理由は?
高木新平さん(以下、敬称略) 富山は世界に誇るすばらしい地域なのですが、イメージ上は、可もなく不可もない県です。これまでも「海のあるスイス」とか「くらしたい国、富山」とか、いろんな発信をしていますが、浸透できているかと言えば怪しいです。事実として、さまざまな都道府県ランキングではどれも真ん中の20番台。ポジションが切れていないのです。ブランドとは、その名前や記号を見聞きした人が脳内で想起するイメージのことです。富山といえば「〇〇」と想起してもらえるような、一点集中作戦、絞り込み戦略が必要でした。
中野 そこに「寿司」を選んだのですね。でも、くどいですが、なぜ、寿司なのですか?
高木 富山には地の利があります。高低差4000メートルもあります。海越しに3000m級の山が見えるのはレアで、こんな地形は世界に3か所しかないと言われています。イタリアのジェノバから見えるアルプス山脈、チリのバルパライソ市から見えるアンデスの屋根、そして富山の雨晴海岸から見える立山連峰です。美食地政学でも、標高差は食の豊かさに直結するとされています。
たとえば、地球上に魚類は3700種いるなかで、魚が美味しいといわれる日本海には800種いますが、なんと富山湾だけで500種もいるんです。さらに東西の食文化の融合地帯でもあります。だから富山は、どこよりも多様な寿司を楽しめるエリアになれるはずなのです。寿司って高単価なので、いろいろなものの入り口になれますし。
中野 魚、米、ばかりでなく、水、お酒、器、クラフトと広がっていくというわけですね。
高木 まさに。世の中の期待と富山の強みが合わさるところに寿司があるのです。これまでは生産地の富山、消費地の金沢、という認識でした。そのパラダイムも一点突破で変えていけるんじゃないかという目論見もあります。実際、高いレベルのシェフが集まり始めています。ミシュランの北陸版で、2016年から現在にいたる寿司の星数の変化を見ると、石川が9個ずつで変わりませんが、富山が4個から9個に増えました。伸び率が高いし、人口比で見ても、この数は多いのです。
中野 具体的にどのような取り組みをなさっていますか?
高木 これまでも県では、寿司屋をネットワーク化して「富山湾鮨」という取り組みを進めていました。これからは「寿司の聖地」にすべく、世界から寿司をやりたいシェフを呼び集め、富山の魚で寿司を握れる「シェフ・イン・レジデンス」や、寿司に関わるクリエイターを欧州に留学できるようなプログラムも構想しています。つまり、寿司にまつわるシェフやクリエイターをエンパワーすることにお金を使いましょう、という働きかけをしています。
中野 寿司クリエイターを起点に「富山=寿司の聖地」とブランディングするということでしょうか。
高木 そうです。これだけ環境が整っているので、富山は寿司にふりきったほうが遠くまで飛べます。空港名も現在の「富山きときと空港」じゃなくて「富山寿司空港」のほうがいいんじゃないですかという提案もしています。寿司戦略では、「メイド・イン・富山」でやり切れるのです。外のアートを持ってきた観光ではなく、寿司にまつわる技法をシェアする場となり、県全体の寿司レベルを上げていくのです。
中野 SUSHI AIRPORTだと世界中で検索にもひっかかりやすいですね。「きときと」は富山らしい方言ではありますが・・・。世界中の誰が見てもパッとわかることも重要です。
高木 行政って役割上、あちこちにいい顔をしなくてはいけないので、一点にしぼれないのですよ。でもしぼらないとブランディングはできません。金沢は駅を降りると巨大なオブジェがあって、伝統工芸の町とわかります。一方で、富山は駅をおりたときにも何の象徴もない。いっそ、SUSHI―SHINKANSENにしてしまい、駅にものすごく長い寿司カウンターでも置くほうが、外から来た人の印象に残ると思います。
中野 思わず写真を撮りたくなるし、強烈で忘れがたい光景になりそうです。