文=中野香織

1981年9月のダイアナ妃 スコットランドにて。黒の帽子はスティーブン・ジョーンズのデザイン、ベルベットボタンのついたチェックのスーツはキャロライン・チャールズによるもの。キャロライン・チャールズはエリザベス女王やアン王女のドレスなどのほか、ミック・ジャガーらイギリスのロックスターの衣裳も手掛けてきたベテラン。写真=PA Images/アフロ

ファッションアイコンとしてのダイアナ妃

 没後25年、ダイアナ妃に関する関心は薄まるどころか、彼女と同時代には生きていなかった若い世代をも巻き込みながら、ますます世界の関心を集めている。

 日本でもこの秋、エド・パーキンズ監督のドキュメンタリー映画『プリンセス・ダイアナ』に続き、パブロ・クライン監督『スペンサー ダイアナの決意』が公開された。後者はクリスティン・スチュワートがダイアナ妃を演じ、シャネルも衣裳協力をしている。

 映画の公開を盛り上げるように、本も発売された。ダイアナ妃のスタイル変遷を解説するビジュアル本ながら、「生贄(いけにえ)の子羊からリベンジクイーンとなったダイアナ妃」という物語をファッションに読み込む作者の熱量が強い印象を残す一冊、エロイーズ・モラン著『ダイアナ妃ルックブック メッセージを秘めたファッション史』(グラフィック社)である。

エロイーズ・モラン著『ダイアナ妃ルックブック メッセージを秘めたファッション史』(グラフィック社)

 過去の現実の映像を駆使したドキュメンタリー、ダイアナ流を踏襲して再構築された衣裳も見ごたえあるフィクション、そしてルックブックという3つの作品を通して見て、あらためて実感するのは、ファッションアイコンとしてのダイアナ妃の傑出した影響力である。ダイアナ・スタイルは旧さを感じさせないどころか、今なお、みずみずしく感情に訴えかけてくる。

 彼女はなぜ時空を超えて人を惹きつけるのか? 彼女が遺したレガシーは何なのか? ダイアナ妃のファッションを通して考える。

 

ファッションの変遷がダイアナ妃の心の旅を映し出す

 1961年生まれのダイアナ妃が公人として人目にさらされていたのは、婚約から葬儀まで、たった16年間である。

 その間に、婚約時代の「シャイ・ダイ」(内気なダイアナ)から結婚後の葛藤を経て、チャールズ皇太子(当時)との別居・離婚により覚醒し、世界のスーパースターに成長し、人々の「心の王妃」として君臨するまで、ダイアナ妃は驚くほどの変貌を遂げている。あとから振り返ると、ダイアナ妃の立場や心の中も含めた変遷のストーリーを、ファッションとヘアスタイルを通して語ることができる。一定のスタイルによって安定感を表現することが王道とされる王室メンバーのファッション史において、これは稀有なことである。

 彼女にとってファッションは、心の状態を伝えるシグナルだったのではないか。長期のスパンで眺めると、思いを表現するファッションの変遷によって普遍的な物語を紡ぐことができることに気づく。ゆえにその時々のファッションも「旧く」なったりはせず、今なおインスピレーションに満ちていて、心を動かすのだ。

 ダイアナ妃の16年間は、ファッションの変遷という視点から見ると大きく6つの時期に分けることができると見ている。

1.シャイ・ダイ(恥ずかしがり屋のダイアナ)期
2.葛藤期
3.ソフトパワー外交期
4.覚醒期
5.グローバル・セレブリティ期
6.世界の心の王妃期

 それぞれの時期のダイアナ妃のファッションの特徴、そして現代にも与えている影響を簡単に解説していこう。