新しいラグジュアリーとは

「ラグジュアリー」というと富裕層を対象とした高級品ビジネスや高価なサービスが想起されるのが現状で、それはそれでひとつの重要なビジネスである。

 しかし現在は価値観の大変動のまっただなかにあり、世界各地で「新しいラグジュアリー」を模索する動きが起きている。そもそも歴史上、何をラグジュアリーとみなすのかは時代や社会に応じて変化してきた。中世の王侯貴族社会なら権威と地位を示すための宝石や貴金属、近代の英国紳士社会なら職人技術が駆使された控えめで高品質な製品とそれを使いこなすためのマナー、グローバル資本主義社会であればステイタスを内外から確認できる指標としてのブランド品、というように。

 グローバル資本主義が行き詰まり、次の社会のあり方が模索されている今、富裕層向けの「旧型ラグジュアリー」とは一線を画す、新世代・最先端感覚を包摂する新型ラグジュアリーが創られるタイミングにさしかかっているのだ。それは新しい文化と包摂性のある社会を創り、無理なく歪みもない経済を循環させるものでなくてはならない。

 今はまさにそれを創り出すことでリーダーシップをとれる絶好のチャンスと見ることもできる。詳しくは、『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済10の講義』(安西洋之・中野香織共著、クロスメディアパブリッシング)をご参照いただければ幸いである。

「文化と創造性に秀でた商品が入り乱れる」(ベイン&カンパニーのレポートより)広大な世界ラグジュアリー市場において、唯一絶対の新型ラグジュアリーの解は、ない。多くの可能性が広がる新しいラグジュアリーのひとつの例として、フィンランドの考え方、あり方もまた、なにがしかのヒントを与えてくれるように思う。

「Lapuan Kankurit」