クラシカルなレーシングカーへのオマージュ

 およそ8ヶ月振りに再会したデイトナ SP3の美しさに、私は改めて目を奪われた。デイトナ SP3はフェラーリ・イコナ・シリーズの3作目。このシリーズは「モータースポーツとフェラーリにとっての黄金期」に誕生したレーシングカーのイメージを現代の技術で再現したもので、なかでもデイトナ SP3は1960〜1970年代のレースで活躍したプロトタイプスポーツカーへのオマージュとされている。こう聞けば、多くのモータースポーツファンが1967年のデイトナ24時間レースでフェラーリが1-2-3フィニッシュを果たしたことを思い起こすはず。実際のところ、デイトナ SP3は、このレースで活躍した『330 P4』や、その前作にあたる『330 P3』を彷彿とする肉感的な曲面でデザインが構成されている。とりわけ、前後のタイヤをカバーするフェンダー部分の造形、それにジェット戦闘機のキャノピーを思わせるフロントウィンドウのデザインは、330 P3や330 P4とよく似ている。そのいっぽうで鋭くとがったノーズ部分、それにフロントフェンダー直後の垂直に切り立ったボディサイドの断面などは、最新のレーシングカーにも通ずる形状だ。

前後すらりと伸びたプロフィールはフェラーリのみならず現代のクルマのなかでも希少だ

 ドライバーズシートに腰掛けると、まずはシートの両膝の間あたりから生えているベルトを引いて、スロットルとブレーキのペダルセットを手前に引き寄せる。『ラ・フェラーリ』と基本的に同じカーボンモノコックを用いるデイトナ SP3はシートがモノコックに直接固定されているため、シートを前後にスライドできない。その代わり、ペダルとステアリングを動かしてドライビングポジションを調整するのだが、これが驚くほどしっくりとくる。ペダルの位置は車体中央寄りにややオフセットしているものの、これもサーキットを本格的に攻めるような状況でなければ、さほど不自由には感じないはず。それよりも、ジェット戦闘機のキャノピーを思わせるフロントウィンドウ周辺の視界が良好で、しかも曲率の強いガラスにもかかわらずガラス自体に歪みなど見当たらないことのほうが驚きだった。

八千回転オーバーまでキッチリ回せ!!

 驚きといえば、デイトナ SP3の運転のしやすさも驚きだった。今回は、ベルギーのゾルダー・サーキットとその周辺の公道でそのステアリングを握ったが、サーキットでは最高速度が70km/hに制限されていた。これは、限定モデルゆえ、すでに車両のオーナーが決まっていることから採られた措置。したがって限界領域のハンドリングは知るよしもないが、ごくごく一般的な車速の領域でいえば、エンジンは柔軟で扱い易く、ハンドリングは切り始めがやや鋭敏なもののリアのグリップレベルが高いために不安感はなく、まったく気を遣わずにドライブできた。コーナリング時のロール量は恐ろしく小さいが、それでもゴツゴツしない乗り心地は実に快適。この日も公道だけで3時間ほど試乗したけれど、肉体的な疲労は皆無だったといっていい。

 では、編集長注目のエンジンはどうだったのか?

 V12エンジンが低速域から使いやすかったことは前述のとおり。そしてエンジン回転数にあわせて出力が一直線に高まっていく特性も、同じく扱い易くてドライバーに変な不安感を与えない。スロットルレスポンスが、回転域にかかわらず過敏にならない範囲で良好なことも、扱い易いと感じる一因だった。

 とはいえ、9500rpmまで許容する超高回転型V12エンジンである。試乗をサポートしてくれたフェラーリのメカニックも「本当にすごいのは8000rpmを越えてから」と私の耳元で囁いていたので、私は高速道路上でゆっくりと2速にシフトダウンしてから、8000rpmオーバーの領域に足を踏み入れてみた。

 そのときのことを、なんと表現したらいいのだろうか? 基本が同じV12エンジンを積む『812スーパーファスト』であれば、まるでソプラノ歌手のように澄んだ美しい声音で私たちを酔わせてくれるが、フロントエンジンの812と違ってこちらはミドシップ。おかげで澄んだエグゾーストサウンドというよりは迫力あるメカニカルサウンドが遠慮会釈なしにキャビンにあふれかえるのだが、その際の官能性はこの世のものとは思えないほどで、8000rpmを越えるとあまりに刺激に総毛立つのがわかった。まさに、これこそ至福の時間。V12でなければ味わえない感動があることを、改めて思い知った次第である。

 ただし、デイトナ SP3が完売であることは前述のとおり。幸運にも手に入れられた方々には、その美しい姿態とエンジンサウンドを多くの人が堪能できるよう、できるだけ多くイベントなどに参加していただければ幸甚である。

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