フェラーリのラインナップは古くからV8エンジン搭載モデルとV12エンジン搭載モデルに大別でき、現在ではここにV8エンジンとV6エンジンのハイブリッドモデルが追加されている。
これら、いわゆるカタログモデルでも十分に特別なクルマなのだけれど、それらとは別に、さらに特別な限定生産のモデルを発売するのがフェラーリで、2018年9月、『モンツァ SP1』、『モンツァ SP2』の発表とともにスタートした『ICONA』シリーズはイタリア語でアイコンの意味する、その名のとおり、過去のフェラーリのアイコニックなモデルを、現代のテクノロジーで新生させる限定モデルのシリーズ。
2021年11月に発表された『デイトナ SP3』はこの第3弾にあたる。
フェラーリが特別に、たった599台だけ造るクルマ。その1台に、我らが大谷達也氏は「試乗してくる」というではないか……え、それって乗れるの? 走っていいの? 静止状態から時速100kmまでは2.85秒。これを最高出力840ps/9250rpm、最大トルク697Nm/7250rpmの6.5リッター自然吸気V12エンジンで実現。夢みたいな性能をどこかクラシカルなルックスの内に秘めた自動車界のアイコンは、どんなクルマなんだ?
12気筒は生き残るか
わがオートグラフ編集長はV12エンジンにひとかたならぬ思いを抱いているようで、私が「V12エンジンをミドシップしたフェラーリ デイトナ SP3に試乗します」と伝えると、間髪おかずに執筆依頼の返信が届いた。
なるほど、V12エンジンはいまや絶滅危惧種だ。
メルセデスベンツ、BMW、アウディなどのプレミアムブランドでは、12気筒モデルはすでにラインナップから消えており、これよりひとクラス上のラグジュアリーブランドで細々と作られているのみ。しかも、ロールスロイスとベントレーは2030年までにエンジン車の生産を終えるとしている。まさに風前の灯火といっていいだろう。
ただし、スーパースポーツカーメーカーはV12エンジンの存続に全力を投じている。ランボルギーニは次期型アヴェンタドールに自然吸気V12エンジン+ハイブリッドのパワートレインを搭載すると言明。アストンマーティンも、あと数年は既存のV12ツインターボエンジンを作り続ける模様だ。
そしてフェラーリも、まだV12エンジンを諦めたわけではない。
去る6月には、間もなく発表されるフェラーリ初のSUV『プロサングエ』にV12エンジンを搭載すると公言。このV12は完全な新設計となる見通しなので、ただちにフェラーリのラインナップからV12が消え去るとは考えにくい。それでも業界のトレンドとしてV12が減少傾向にあることは事実だし、それゆえにオートグラフ編集長がフェラーリV12をことさら愛おしく思う気持ちもよくわかる。それが、フェラーリのリミテッド・エディションとなれば、なおさらだろう。
泣きの「もう一台」は造らないのがフェラーリ流
フェラーリのロードカーは、継続的に生産されるカタログモデル、それに生産台数が厳格に制限されたリミテッド・エディションのふたつに大別できる。そしてリミテッド・エディションの場合、発表された時点ではすでに完売となっているのが半ば常識となっている。
ここで紹介する『デイトナ SP3』がワールドプレミアされたのは昨年11月で、私はその場に同席する幸運に恵まれたが、フェラーリ首脳陣の口から発せられたのは、やはり「生産台数は599台ですが、残念ながら完売です」との言葉だった。なぜ、フェラーリのリミテッド・エディションがこれほど人気かといえば、数年後の値上がりが確実に期待されていることが、理由のひとつだろう。このためリミテッドエディションの購入希望者は世界中に数多く存在するが、そのうちのごく一部にのみ、フェラーリは事前に購入を打診する。発表時に完売となっているのはこのためだが、最近のフェラーリは積極的にイベントに参加するファンに対して、リミテッド・エディションを販売する傾向を強めているという。つまり、いくらリミテッド・エディションといっても、個人のコレクションに死蔵されていることを期待しているないわけではなく、それよりも、フェラーリらしく生き生きと走らせて欲しいと望んでいるそうだ。デイトナ SP3にも、マラネロのそんな思いが込められていると信じて、私は国際試乗会が行われるベルギーに向かった。