今見るべき作品が次々に現れる

 展示品の中には、戦争の影響を受けた画家の作品が数多く含まれている。オスカー・ココシュカ《ペーター・バウムの肖像》は、詩人ペーター・バウムをモデルにした肖像画。ペーターは常に歯痛に苦しんでいたそうで、ココシュカはその痛みを巧みに表現した。ペーターの体からは白い靄のようなものが発せられ、顔は左右非対称に歪んでいる。人間の内面や苦悩を描き出すココシュカの作風は、ドイツ表現主義者や知識階級の人々に熱狂的な支持を受けたという。人気画家の地位を築いたココシュカだが、第一次世界大戦での負傷から精神を病み、第二次世界大戦時には台頭するナチスから逃れるようにイギリスへと亡命した。

 エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーもまた悲劇の画家だ。キルヒナーは「ブリュッケ(橋)」を代表する画家で、アフリカやオセアニアの芸術から影響を受けた、人々を鋭角に引き延ばして描く画風で人気を集めた。本展の出品作《ロシア人の女》は、キルヒナーの個性がよく表れた1枚。実験的な要素がありながらも、ポップともいえる親しみやすさを併せ持っているのが特徴だ。だが、そんなキルヒナーの作品でさえ、ナチスは「退廃芸術」として接収。公的コレクションから接収された作品数は639点にも上ったという。その直後、キルヒナーは自ら命を絶ってしまった。

 本展のハイライト中のハイライトといえる作品が、ピカソ《アーティチョークを持つ女》。ピカソが戦争の悲惨さを訴えるために制作した《ゲルニカ》と同じ年に描かれた作品で、ここでも戦争の悲惨さが暗示されている。モデルの女性が握りしめるアーティチョークは、中世の武器モルゲンシュテルンを思わせるほど刺々しい。膝に置かれた女性の左手には鋭い爪が生えている。画面を埋め尽くす灰色は、煙が立ち込める戦場のようだ。

 イルマーズ・ズィヴィオー館長は、「この作品はあまり外に貸し出すことはないが、ロシアとウクライナで戦争が起きている現在、多くの人に見てほしい絵だと考えた。本展を監修した学芸員が、この作品を図録の表紙に選んだことはとても現在的な行為だと思う」と述べた。

ヴォルス《タペストリー》 1949年 油彩/カンヴァス

 見るべき作品は、まだまだ尽きない。ワシリー・カンディンスキー《白いストローク》、パウル・クレー《陶酔の道化師》といった「青騎士」派の作品、ナターリヤ・ゴンチャローワ《オレンジ売り》、カジミール・マレーヴィチ《スプレムス 38番》など、ロシア・アヴァンギャルドの作品群。ジャスパー・ジョーンズ《0-9》やアンディ・ウォーホル《二人のエルヴィス》、ロイ・リキテンスタイン《タッカ、タッカ》といったアメリカン・ポップ・アートの傑作も数多い。加えて、その時代の風景をダイレクトに切り取った写真作品も展示されている。

モーリス・ルイス《夜明けの柱》 1961年 アクリル絵具/カンヴァス

 20世紀という激動の時代を生々しく伝える「ルートヴィヒ美術館展」。一人でも多くの方に足を運んでほしいと思う。