文・写真=青野賢一

 スタイリスト・小沢宏さんが、故郷である長野県上田市に自身の店「EDISTORIAL STORE(エディストリアル ストア)」を構える過程を追う全5回のシリーズ記事。前回までは、店を作ることを決意するに至るまでの話、商品セレクト、店舗のフロア構成などを小沢さんのインタビューからひも解いたが、今回は商品を供給する側がこの取り組みをどのように捉えているのかをお届けしようと思う。お話を伺ったのはヘッドウエア・ブランドの〈KIJIMA TAKAYUKI〉と、ファッションのほか、家具や食、フィットネスとライフスタイル全般にかかわる事業を展開するベイクルーズである。

 

「ファッションの民主化」と店舗数の増加

 さて、本題に入る前に少し考えておきたいのは、ファッション業界において現在のような供給過多がいつ頃から進行したのだろうか、ということだ。ものがなければ売ることはできないので、当然ながら小売店は在庫を保有しておく必要がある。これは今も昔も変わらないところ。しかし、1店舗だけで営業するのと複数の店舗を構えるのでは在庫の数量が変わってくる。単純化すれば、ある商品の在庫を1店舗あたり10点持った場合、1店舗経営なら10点だが10店舗なら100点必要になるということだ。加えて、洋服には複数の色展開やサイズがあるものがほとんどなので、店舗数が増えるにつれて在庫のコントロールが複雑になってゆくのは自明である。

 このように事象をシンプルに考えてゆくと、在庫問題には店舗数が大いに関係しているわけで、また店舗数増加はとりもなおさず市場の成熟や企業やブランドの成長志向とも関連している。バブル経済の崩壊以降、高級品、ブランド志向ではなく、もう少し地に足のついたスタンスでファッションを楽しみ、流行を気にかけて服を買うことに積極的な人たちの層がぐっと厚くなった––––これにはセレクトショップが一定の役割を果たしていた––––と思うが、ファッション、アパレル企業やブランドがそうした消費力に期待を寄せたのは想像に難くない。こうして「ファッションの民主化」が進んだ1990年代に大きく業績を伸ばし、成長したファッション関連企業やブランドが出てきたなか、さらに追い風を吹かせたのが2000年前後のディベロッパーによる駅ビル再開発や新規商業施設開発。これまで以上にアクセスが容易で買い回りしやすい環境が構築され、各企業が展開する店舗数は勢いよく増加していった。

 

商業施設、駅ビルと郊外型アウトレット

 再開発や新規開発が進んで、全国津々浦々にショップができるようになると、当然のことながら在庫量は増加傾向となる。多様化する客層に対応すべく品番数も増えてゆくから、思うようなセールスとならないアイテムも少なからず出てくる。売れなかったものは昔からシーズンごとのセールで消化することが一般的だったが、店舗数増加による在庫増は、それではさばききれないくらいの売り残しを発生させることとなった。ここで興味深いのは、2000年前後の駅ビル再開発や新規商業施設開業の増加と同じ頃に、郊外型アウトレットモールが多数開業したということだ。商業施設や駅ビルのプロパー店舗で売れなかったアイテムの受け皿が郊外型アウトレットモール内の店舗、というと単純化しすぎているきらいはあるが、実態としてはあながち間違ってはいないのではないだろうか。

 2000年以降、現在までを考えると、ファストファッションの台頭とそれに引きずられるかたちで消費者、企業の双方に生じた低価格化志向、ECの一般化など、事態はより複雑になり、在庫問題は深刻化の一途をたどっている。このことは経営面の問題だけでなく、作りすぎと廃棄が助長する環境負荷といった諸問題を含有しているのはご存じの通りだ。前置きが長くなってしまったが、こうした流れを踏まえたうえで、今、企業、ブランドはどういった思い、考えを持って「EDISTORIAL STORE」に協力してゆくのだろうか。

 

表面的でない取り組みをしたい

 「僕が小沢さんからお話をお伺いしたのは去年の11月頃ですね。その前に資料は目にしていたんですが、『直接思いや熱量を伝えたい』ということでお会いして。そこから社長(株式会社ベイクルーズ取締役CEOの杉村茂さん)とも相談し、小沢さんとのミーティングから2日後にはお返事しました」

 こう語るのは株式会社ベイクルーズ上席取締役副社長の古峯正佳(こみね・まさよし)さん。

「内容を聞いて『小沢さんらしい取り組みだな』と思い、ぜひ協力したいと考えました。それと同時に、我々としては『SDGsだぞ!』というのにわーっと飛びつくのではなく、もう少し冷静になって表面的でないことをやらなければ意味がない、と考えていまして、その点からも小沢さんのこのアプローチは深みがあるところがいいな、と感じましたね。ただ、正直にいえばファッションの世界をリードしてこられた大先輩である小沢さんの功績に我々が応え、協力しようという意味合いが強いです」