5度のオリンピックで最高の1本

 さらに大きな変化は自身に対する思いだった。

「長い間、ちょっとネガティブな感情もあったりしながらもあきらめないで、成績も落ちるわけではなく戦えるように頑張ってきたことは認めてあげようかな、と」

 目の前に翻弄されるのではなく、できているできていないを含め自分を肯定してソチへと向かった。そしてソチでは、最後の1本で会心と言える滑りを披露する。5度のオリンピックで最高の1本だった。

2014年2月8日、ソチ五輪モーグル女子決勝での上村愛子 写真:青木紘二/アフロスポーツ

「最後の3年はネガティブな感情はなくて、楽しかったです。チームもいい雰囲気だったし、1人で頑張らなきゃと思っていた自分はなんだったんだろうと思います。その3年間があるから、オリンピックは楽しい場所です。ネガティブな感情を持っているところでやめなくてよかった」

 オリンピックを目指すこと、オリンピックという大会が苦しかった時期も長かった。でも最後はそう思えた。

「5大会出てみて、苦しむ場ではあるけれど、見てくれる人も楽しみにしてくれる場所で自分のパフォーマンスを出せれば絶対に楽しい場所。オリンピックという場所があることで自分は進化することができたし、頑張り続けることができました」

 

たとえ金メダルを獲れなかったとしても

 引退したあと、平昌オリンピックでキャスターを務めたときを思い起こしつつ、伝える立場としての思いをこう語る。

「金メダルを獲らなかったら頑張ってきたことを認められないというのはちょっと悲しいなと思っていて。金メダルは1個しかなくて、獲る人も獲らない人もいるけれど、そこを目指して全力で頑張っている人を称えながらスポーツを楽しんでもらえたら。メダルを獲ったからとらなかったからではなく、その日にかけて準備をしてきた人のパフォーマンスをわくわくしてもらえるような見方をしてもらえたら。(平昌大会では)私は言い切ることも少ないけれど、やさしい気持ちで観てもらえるような放送になったかなと思っています」

 選手に接するときの謙虚で一生懸命話を聞こうとする姿勢、穏やかな語り口と強く断言しないスタンスには、真摯に競技と向き合い、周囲をも思い、だからこそ心の奥底から苦しみも楽しさも知った上村ならではの、同じアスリートへの敬意や想像力が込められている。

 北京オリンピックがついに開幕する。

「商業的になりすぎていると指摘されたりいろいろあります。新型コロナウイルスの影響もあります。ただ、やめてしまえば未来も止まるわけで、続けることで未来の可能性も続いていきます。歴史の中でもあの、2、3大会は大変だったよね、でも続けたことで今のオリンピックがあるんだね、と未来に思えるような大会になってくれたら。そう思います」

 

上村愛子(うえむら・あいこ) フリースタイルスキー・モーグルの選手として冬季オリンピックに5大会連続で出場しすべての大会で入賞。世界選手権優勝、ワールドカップ年間総合優勝を達成。2014年4月に現役引退。次代を担う選手の育成や普及に努めるほか多方面で活躍。平昌オリンピックではキャスターとしてさまざまな競技を現場から伝え、高い評価を得た。北京オリンピックでも東京から、キャスターを務める。