不可思議な訴求力のある絵

 松並木の立ち並ぶ道が斜めのアングルで描かれている絵で、松はよく茂っており、ほとんど黒に近い色で塗られている。一方、並木の向こうに見える道は対照的に光がよく当たっていて、そちらは白色に近い。この両者のコントラストが強い印象を生み出している。

 一見、なんてことのない風景画なのだが、しばらく見ているとワイエスらしい何とも名状し難い訴求力が感じられてくる。ごく普通の景色のはずなのに、何やら気になるものがあって、ついには眼が離せなくなるとでもいうような不可思議な訴求力である。

 そのポイントになっているのは、画面右下のコンクリート造りと見える大きな立体だと思われる。絵のなかに唐突に置かれてあり、これが何かはさっぱりわからない。説明してくれる要素がほとんど何もないので見る側としては戸惑うばかりである。だが、ではこれは些末などうでもいいものかといえばそうではない。この正体不明の物体があるがゆえにこの絵の普通なのに普通ではない性格が与えられている。

 ためしに、もし、この物体がなかったら絵はどんなふうに見えたかと想像してみるとよい。途端に本作は平凡な写生画と化し、実作が漂わせるそこはかとない面白さは雲散霧消して絵の印象は大きく変わるであろう。すなわち、この物体があればこその本作だということがわかるのである。

 このように、「もし・・・だったら」と、実際とは異なる作品のありさまを想像してみる見方を「反実仮想の眼」と私は呼んでいる。反実仮想の眼を活用すると、表現のメカニズムや作品のメッセージ、作者の意図などが浮き彫りになることがあり、鑑賞を深掘りするのに大いに役立つ。あなたの鑑賞ノウハウとして引き出しに入れておいてほしい。

 さて、この立体をもう少し詮索してみよう。全面がコンクリートでできているようで、装飾的な要素は何もない。色彩的にも味も素っ気もない無味乾燥ぶりで、そのありさまがある種のイメージを醸し出す。飾り立てるところのない実直さは、いかにもドイツ人のイメージと重なり、《ドイツ人の住むところ》というタイトルと響き合ってくるのである。

 おそらく、実際のこの場所の景色は、とくにどうということのないものであろう。しかし、ワイエスの眼は平凡な景観のなかに非凡なものを見出し、このように切り取って作品に昇華させたのである。そこがワイエスの真価といえる。いま記したこと以外にもさまざまな魅力を放つ絵なので、機会があれば、ぜひ訪ねて実物を見てもらいたい。

 なお、既述のように当館には本作のほかにもワイエス作品が所蔵されている。《松ぼっくり男爵》は《ドイツ人の住むところ》と同じ場所を違ったふうに描いたと見られる作品で、そちらも興味が掻き立てられる。残る4点もそれぞれにそれぞれなりの怪しい引力がそなわっている。

 ところで、冒頭述べたように、いま都道府県立の美術館はどこも難しい運営を強いられている。話題の企画展が回ってくれば、そのときだけは多くの人々が押し寄せるが、そうでないときは閑古鳥が鳴いている。しかし、今回の福島県立美術館のように自館コレクションに惹きつけられるものがあれば、いつ訪れても魅力と価値のある施設ということになる。そういう意味においても、おらが郷土の美術館のお宝を発掘して、折に触れて見に出かけていただきたい。それが「美術館を愛する」ということだと思う。

福島県立美術館外観