タイトル二冠を初防衛
藤井は2020年7月、棋聖戦で渡辺明棋聖(37)を3勝1敗で破り、初タイトルの棋聖を獲得した。さらに同年8月、王位戦で木村一基王位(48)を4連勝で破り、二冠目の王位を獲得した。
「初タイトルは防衛してこそ一人前」という言葉がある。対局室で床の間側に座り、追われる立場になったタイトル保持者が、その重圧を乗り越えることで真価が問われるのだ。
タイトル獲得が最多の通算99期の羽生善治九段(51)でも、1990年の竜王戦の初防衛戦では「竜王らしさ」を意識して自分のペースを失い、挑戦者の谷川浩司王位(59)に1勝4敗で敗れた。
藤井二冠は2021年の夏、棋聖戦と王位戦でダブルタイトル戦を迎えた。
藤井は最強といわれる渡辺名人(王将・棋王を合わせて三冠)にリターンマッチを挑まれた棋聖戦で、同年7月に3連勝して初防衛に成功した。記者会見では「防衛してほっとしましたが、新たな課題を改善したいと思います」と語り、初防衛しても一人前という意識はないという。
藤井二冠は豊島将之竜王(叡王を合わせて二冠=31)に挑戦された王位戦で、第1局に敗れたが第2局から4連勝してまたも初防衛に成功した。その勝負の分かれ目になったのが第2局だった・・・。
藤井は少年時代から大の鉄道好き
藤井は公式戦の対局で毎年、8割台の高い勝率を挙げている。しかし、豊島には2017年から2020年6月まで、1勝7敗と大きく負け越していた。豊島は「天敵」のような存在だった。
その理由のひとつに、藤井が12歳のとき(当時初段)に豊島(同七段)に指導対局を受け、あまりの強さから尊敬の念をずっと抱いていたからだという。
そうした状況で迎えた王位戦第2局は、北海道の旭川市で行われた。その将棋も藤井王位がずっと不利だったが、終盤の土壇場で豊島竜王の疑問手に乗じ、驚異の終盤力を発揮して逆転勝ちした。勝ちを逃した豊島は茫然とした様子だったという。その一戦をきっかけにして、両者の勝負の潮目が変わったのだが、次のようなエピソードが背景にあった。
愛知県在住の藤井は王位戦第2局で、旭川への直行便に乗らず、新千歳空港に向かった。そして、快速エアポートで札幌駅に行き、札幌駅から函館本線に乗って旭川駅に向かった。車窓からは北の大地に広がる田園地帯が見えた。北海道を初めて訪れた藤井は、のどかな景色を眺めてリラックスできたという。
王位戦第2局に勝つと、関係者に「《鉄分》を摂ったのがよかったのですかね」と言われた。
実は、藤井は少年時代から大の「鉄道好き」だった。電車に乗れば先頭車両の最前部に立ち、運転士の気分になった。東海道新幹線や名古屋近辺の時刻表をほとんど暗記していた。高校1年のときには「青春18きっぷ」を使って長野県への日帰り旅行をした。