「研磨にはあまりこだわりはなくて、どちらかというと靴やブレードの位置にこだわっています」

 それまで橋口が抱いていた「常識」を覆される気づきもあった。

「4回転ジャンプのように高難度のジャンプを跳ぶためには堅い靴がいいと考えられています。僕もそう思っていましたし、実際、4回転ジャンパーは堅い靴を履いている選手ばかりです。昌磨君はもともとそこまで堅い靴を使っていませんでしたが、4回転ジャンプのため先シーズンが終わったくらいのときに堅い靴を選択しました」

 ひと月ほどその靴を試したが、調子が上がらなかった。そこで柔らかい靴を試してみた。

「跳びやすい、滑りやすい、となったのですね。そこで、どこまで柔らかくすればいいのかを知るために、『靴を壊す』作業をしました。どんどん柔らかくしていきました。結果、今はものすごく柔らかい靴を履いています」

 今シーズン、宇野は久しぶりに4回転ループに挑み成功するなど、ジャンプの好調を見せている。

「あの靴で4回転ジャンプを跳ぶというのは、ふつうなら絶対にありえないことだと思います。昌磨君にしかない感覚ですね」

 

曲がらないブレードの開発

NHK杯で優勝した宇野。昨年は出場予定の大会が中止になったこともあり、グランプリシリーズの優勝は2018年のNHK杯以来3年ぶりとなる 写真=YUTAKA/アフロスポーツ

 好調につながるもう1つの変化があった。ブレードを替えたことだ。

「もともとは3週間くらいで靴が駄目になっていました。ただ、以前から気づいてはいたのですが、靴が駄目になるというより、ブレードが曲がってしまい、その影響で靴もおかしくなっていたのです。ブレードを替えて試してみたりもしたのですが、選択肢があまりありませんでした」

 そこに解決策が生まれた。

「最近『YSブレード』の発売を始めた(特殊鋼メーカーの)山一ハガネさんに、昌磨君の専用モデルを作ってもらっています。そのブレードを使うようになってからは曲がることがなく、そのため靴を替える必要もなくなりました。今の靴は4カ月くらい同じものを履き続けています」

宇野昌磨の使用しているブレードのスペア

 スケーターは靴を新調するたびに、靴を「ならす」時間を要する。靴を替えないで済めば、調整ではなく練習そのものにより時間を使える。今シーズン好調である要因の1つであるだろう。

「今までいろいろ試す中でデータもとっていますし、靴の作り方も分かってきています。もし壊れたとしても、大丈夫です。昌磨君によって、新たな世界を知ったり、僕の世界も大きく広がることになりました。ほんとうに感謝しかありません」

 と、笑顔を見せる。

 そんな橋口には、スケーター全般について、近年、気になることがあるという。(続く)

 

橋口清彦(はしぐちきよひこ)
中京大学卒業。アイスホッケーを始めたのを機にスケートに触れ、リンクに勤務する中でスケート靴やブレードの研磨など、メンテナンスに取り組む。2020年2月に独立し、店舗をかまえず出張して職務にあたる形で取り組んでいる。