奄美での一村の絵は、ソテツやアダン、ビロウ樹といった奄美ならではの植物が画面に大胆に配され、本土とはひと味異なる植生のなかに、やはり奄美らしさを伝える動物たちが生き生きと描写される。なかでも印象的なのがアカショウビンという野鳥だ。岩場にしっかと足をかけてとまっている姿などが描かれている。遠くを一心に見つめるアカショウビンには画家自身が仮託されているようで、絵に賭けた一村の想いが伝わってくるように思えてならない。

第1展示室〜第3展示室、特別展示室では、一村の東京、千葉、奄美時代の代表作を含む作品群約80点を年4回に分けて展示。一村の創作の軌跡をたどることができる

 奄美で生み出された一村の絵は、奄美の自然がデフォルメされ、必ずしも写実的とはいえない。にもかかわらず、南国の明るさと翳りを微妙なニュアンスとともに見る者に繊細に伝えくる不思議な訴求力を有している。それまでの日本画に類を見ないもので、この一村独自の画風は後年、「南の琳派」とも呼ばれることになる。

特別展示室では、《奄美の海に蘇鉄とアダン》《初夏の海に赤翡翠》など、奄美大島で描かれた傑作も見ることができる

奄美大島で一生を終える

 1977年9月11日、一村は夕飯の支度をしている最中に倒れ、孤独のうちに亡くなる。享年69。生涯独身であった。一村には個展開催の夢があり、そのための資金も貯めていたが、残念ながら生前にその夢が叶うことはなく、作品が公になることはなかった。

 しかし、いまや一村の絵を愛し、一村の絵を見るために全国から奄美を訪れる人があとを絶たない。このありさまを一村に見せてあげたかったと切に思ってしまう。

 自分の絵を追い求め、すべてを捨てて奄美へ移り、奄美で死んでいった田中一村。もはや清貧という言葉だけでは収まらない画家である。こんなすごい画家が日本にいたということをぜひ知ってもらいたいと思う。

 もし田中一村記念美術館を訪れる機会があったら、併せて行ってほしい場所がある。美術館から名瀬の市街へ向かう途中にある「田中一村終焉の家」である。約40年前の家はかなり傷んでおり、粗末な一軒家にしか見えないが、当の一村自身は9月1日に引っ越してきたとき「御殿のようだ」と喜んだという。一村がこの家で暮らしたのは、わずか10日ほどだった。

田中一村終焉の家

 一村と奄美は切っても切り離すことができない。多くの人にとって奄美はちょっと遠いところだが、一村が生き、一村が描いたこの地でこそ、一村の絵と向き合ってほしいと私は願う。