フラ・アンジェリコとの違い

 と見ていくと、エル・グレコの《受胎告知》は、たとえばフラ・アンジェリコの同主題の絵などと比べて、あらゆる要素が真逆といっても過言ではないベクトルを示していることがわかる(ほかにもまだ相違点があるので、探してみていただきたい)。 

フラ・アンジェリコ《受胎告知》(部分) 1435年頃 154cm × 194cm プラド美術館

 これほどの相違は単に画家の個性の差というだけでは片づけられない。ということで、じつはエル・グレコとフラ・アンジェリコのあいだには「様式の差」が横たわっている。フラ・アンジェリコはルネサンスの秩序を重んじる理法に則って描いている。落ち着きのある左右の均衡やピラミッド構図が基本的な原理として用いられる古典主義の画家である。

 それに対してエル・グレコはルネサンスのあとに出てきたマニエリスムの画家である。マニエリスムの特徴は「ねじれ」にある。それも、一人の人間のねじれだけではなく、ときに群像のねじれ、空間のねじれにまで至ることも多い。ここでもマリアからガブリエルへとつながる空間構成がねじれている。

 さまざまなものがねじれる以上、必然的に表現は動的となり、均衡や調和は破られることになる。マニエリスムのダイナミックな表現はやがてバロックへと引き継がれる。

 要するにルネサンスの古典主義とマニエリスムとを比べてみると、静的な古典主義に対して動的なマニエリスム、秩序立った古典主義に対して無秩序なマニエリスム、静寂が支配する古典主義に対して騒々しいマニエリスムと、あらゆる点が対照的なのであり、ひと口に同じ「絵画芸術」とは括れないほどの違いのあることがわかるのである。

 このように「比較して相違を見出す」ことは、認知のスキルアップに役立つ。単独でははっきりしない特徴や傾向をくっきりとあぶり出し、詳らかに認識することができるわけだ。そして、これはビジネスシーンにも応用可能で、アート鑑賞に親しむことで、ビジネススキルを向上させることも十分期待できるのである。近年、アート鑑賞とビジネスが結びつけて語られるのも理由のないことではない。これもまたアートの可能性ということになろう。

 なお、ここでは古典主義やマニエリスムといった「様式」をもとに話を進めたが、様式なんてものは、いってみれば後世の後知恵で分類しているだけだから、あまり意識しすぎるのも弊害があるかもしれない。望ましいのは自分で気づき、見出していくことである。

 ともあれ、古典主義とエル・グレコのような絵とでは、あなたはどちらが好みだろう? 調和のとれた静かな世界とダイナミックで動的な世界。勿論どちらがレベルが高いというものではなく、好みの問題である。

大原美術館の展示風景。エル・グレコの《受胎告知》は常設展示で見ることができる。