着こなしのお手本はジャズ・ミュージシャン

 さて、これまでは音楽家としてのチャーリー・ワッツについて述べてきたわけだが、ここからは彼の装いに関しての話を少々。稀代のウェル・ドレッサーとして知られるチャーリーだが、US版『GQ』オンラインの2012年の”Charlie Watts’s Guide to Dressing Like a Gentleman”というインタビュー記事によれば、彼のいでたちに影響を与えたのは、おもに1950年代、60年代のジャズ・ミュージシャン──デューク・エリントン、レスター・ヤング、チャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィス、デクスター・ゴードンといった──はもちろんだが、彼の父親がしばしばチャーリーをテーラーに連れていっていたことも大きかったそうである。インタビュー当時、所有していたスーツの数は200着以上。その多くはビスポーク(誂え、フル・オーダーメイド)だろう。シューズについてはロンドンの〈George Cleverley〉で誂えていたことはよく知られている。同インタビューによれば、たとえ色違いであっても同じスタイルのシューズは作らないのがポリシーなのだそうだ。

 

チャーリー・ワッツとの思い出

 ところで、私は一度だけチャーリー・ワッツと会ったことがある。今から10年以上前の秋のことだ。来日の際、服を見たいという話を人を介して受け、原宿の「ビームス F」で待ち合わせた。到着予定時刻から1時間ほど遅れて店に入ってきたチャーリーは、グリーン系のウインドウペーンのツイードジャケット(試着してもらう際にエルメスのものだとわかった)にオーセンティンクな細身のジーンズというスタイリング。足元はローファーだったと思う。店内をさーっと見回して、ジャケットやコートを物色し、そうして目星をつけたアイテムを試着してもらい、何点かお買い求めいただいた。記憶が定かでないが〈BELVEST〉だったかイタリアのテーラードである。

 数ある服の中から、気になるものを選び出すのが実に早かったのだが、これは自身に合うものをわかっていて、それを的確に引き当てるだけの蓄積があればこそなのだろう。そんなわけで、それほど長い時間ではなかったが、いい思い出となった。

 自分にとって、好きなドラマーであり、クラシックなテーラードの着方のお手本の一人だったチャーリー・ワッツ。心よりご冥福をお祈りしたい。

 

ローリングストーンズは、新型コロナウイルス蔓延のため延期になっていた「No Filter」ツアーの再開初日公演(9月26日)のオープニングで、亡くなったチャーリー・ワッツに敬意を表した。だれもいないステージはドラム音だけが響き、巨大スクリーンにはワッツのトリビュート映像が流された