文=青野賢一 イラストレーション=ソリマチアキラ
前回、この連載で取り上げたジョージ・ハリスンの在籍したザ・ビートルズと並んで、1960年代のイギリスから世界へと飛躍を遂げたバンド、ローリング・ストーンズ。そのオリジナル・メンバーでドラマーのチャーリー・ワッツがさる8月24日に80歳の生涯を閉じた。
キャリアのスタートはジャズ
1941年、ロンドン生まれのチャーリー・ワッツは、1950年代の終わりには、幼馴染だったベーシストのデイヴ・グリーンとともにジャズ・バンドでドラムを演奏し、1960年代初頭にアレクシス・コーナー(ギター、ピアノ、ボーカル)のバンド「ブルース・インコーポレイテッド」に参加。このグループではブライアン・ジョーンズ(ギター)もしばしば演奏をしており、のちのローリング・ストーンズ結成につながってゆくのだが、バンド名に「ブルース」とあるように、ブルース・インコーポレイテッドの音楽はブルースをはじめとする黒人音楽。当時のロンドンではかなり珍しい、先進的な存在だったという。
黒人音楽を意識させるストーンズの音
1963年にレコード・デビューを果たしたローリング・ストーンズの人気ぶりについては改めて申すまでもないだろうが、彼らのサウンド、とりわけ初期のそれはブルースやリズム&ブルース、すなわち黒人音楽をストレートに志向していた。そこにもともとジャズをやっていたチャーリーのドラムが加わることで、ストーンズならではのグルーヴが形成されている点は忘れてはならないだろう。バンドのキャリアを重なるなかで、サイケデリックへの接近、レゲエの導入、ダンサブルなアプローチなど、楽曲のバリエーションは増してゆくが、どこかしらに黒人音楽の影響を感じられるのがストーンズであり、そのことはロックンロールが黒人音楽から派生したものだということを常に思い出させてくれるのである。
ストーンズ・サウンドのシグネチャー的ドラム
ストーンズにおけるチャーリーのドラムで特徴としてよく挙げられるのが、ジャストのタイミングからほんのわずかに後ろのように聴こえるスネアドラムのバックビート(8ビートの曲なら2拍目と4拍目)と、スネアを打つ際にハイハットやライド・シンバルを抜く(叩かない)ことだろう。一般に楽曲のグルーヴは、ドラムとベースといういわゆるリズム隊のコンビネーションによるところが大きい。リズム隊がちぐはぐだと曲にのれない、ということを考えてもらうとわかりやすいだろう。では、完璧にジャストなタイミングならいいかというと、必ずしもそうともいえないのが面白いところで、ちょっとした揺らぎがえもいわれぬ心地よいグルーヴを生み出し、また楽曲の味わいを醸し出すのである。この点でチャーリーのドラム──とりわけバックビートのスネアの位置──は、ストーンズの楽曲にブルージーなねっとり感と絶妙な重さをもたらしているように思う。
空間を作る特徴的なドラミング
スネアをヒットする際、ハイハットやライド・シンバルを叩かないというのは、バックビートの強調という側面もありそうだが、「空間を作る」ことにもつながるのではないだろうか。ジャズの演奏では、互いの音をよく聴いて、アドリブやちょっとしたリフをいい具合のところに入れてゆく。いい具合のところとは、音の入り込む余地、空間とでもいえばいいだろうか、自分の出す音がうまく作用するだろう部分のこと。各プレイヤーはそうした余地をほかのプレイヤーに与え、また与えられて、一曲の中で研ぎ澄まされた演奏を展開してゆく。これがジャズの面白いところだが、チャーリーはそうした「空間を作る」ことを、ロックの文脈の中で実践しているような印象がある。ロックのドラムというとラウドで手数が多い、というイメージが強いわけだが、チャーリーのドラムはそれとは逆の引き算の美学を感じさせるものなのである。ちなみに私が好きなのは、ドライブ感のある「2000 Light Years From Home」(『Their Satanic Majesties Request』収録)、ズシッとくるシンプルなドラムの「Hot Stuff」、うねりのあるレゲエ「Cherry Oh Baby」(ともに『Black And Blue』収録)、それから「If I Was A Dancer(Dance Pt. 2)」の12インチ・シングルのB面「Dance (Instrumental)」といったところだ。