1941年の発表当時、舞台は2000回上映され、映画化もされた名作戯曲『陽気な幽霊(Blithe Spirit)』。大ヒットTVシリーズ『ダウントン・アビー』の制作陣によりアップデートされた映画『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』は、 かけあいの妙はもちろん、当時のファッションとアール・デコのインテリアといった背景も見どころ満載。中野香織さんが一見では気づかない、通ならではのポイントを教えます。
文=中野香織
『ダウントン・アビー』スタッフ&キャストによるアップデートが実現
1937年のイギリスを舞台にしたウェルメイド・コメディである。原作はノエル・カワード(1899 -1973)の『陽気な幽霊(Blithe Spirit)』。この戯曲がウェストエンドで上演されたのは1941年で、5年間に1997回という異例の連続上演記録を達成している。その後もブロードウェイはじめ各地の舞台で繰り返し上演されたり、映画化されたりしているので、もはやネタバレもなにもない、ストーリーはもはや古典になっている。
スランプに陥っている売れっ子作家が霊媒師に頼み、7年前に死んだ最初の妻を呼び出す。これまでの作品はその妻のアイディアを元にしていたので、今後のキャリアを決する脚本を書くために、また彼女に頼りたくなったのだ。あの世からよみがえった妻は、自分が幽霊となっていて、夫が新しい妻と暮らしていることを知り衝撃を受ける……。
作家と現在の妻、幽霊となってあらわれた元妻、そして霊媒師が繰り広げるコメディで、原作の魅力の肝は、原作者によって綿密に作り込まれたセリフの応酬にある。
とはいえその英語は80年前のイギリス上流階級の英語。かけあいの妙を味わい尽くせる観客はおそらく現代のイギリス人にも多くはないと思われるし、ウィットの効かせ方も今では「決まりすぎ」が古く感じられる。
そこで2020年に製作された新作映画版では、『ダウントン・アビー』を成功させた監督エドワード・ホールと、脚本・製作陣が当代うけするようにアップデートした。主演も『ダウントン・アビー』のマシュー役で知られるダン・スティーブンスで、ダウントン的世界が好きな現代の観客のツボはしっかり押さえている。
古き良き英国らしさが気持ちのいいほど「ない」
実際、ダウントンと同様、見どころの一つは美術と衣裳である。「1937年、ハリウッド志向のイングリッシュネス」というコンセプトの美術と衣裳がとにかく眼福を与えてくれる。