原作者ノエル・カワードへのオマージュも

 メンズファッションにも注目したい。1930年代といえば20世紀のなかでも男性の装いがもっとも華やいだ時代である。ポイントの長い襟のシャツに幅広トラウザーズのスリーピースを合わせ、ポケットチーフを飾り、帽子を合わせる完璧な英国スタイルが、緑と白の美しいセットを背景に映える、映える。白亜の豪邸を背景に淡い色のスーツやジャケパンで決めた男たちが集うシーンは、この時代のメンズスタイルが好きな向きには必見であろう。

 主人公チャールズ(ダン・スティーブンス)は部屋着としてドレッシング・ガウン姿も披露するが、もちろん、原作者ノエル・カワードへのオマージュである。

主人公チャールズを演じるダン・スティーブンス

 ノエル・カワードは劇作家であったばかりでなく、俳優、作曲家、映画監督、国際的スターにして社交界のセレブリティとしても名を馳せていた。当時のファッションリーダー的存在でもあり、ショーン・コネリーがジェームズ・ボンド役に決まった時、コネリーはまずカワードのところへ相談に行っている。原作者のイアン・フレミングとも親しい仲で、フレミングは『007 ドクター・ノオ』のドクター・ノオ役をカワードに打診したという。カワードが「ノー、ノー、ノー、1000回ノー」と断った話はもはや伝説になっている。

 カワードといえばドレッシング・ガウン、というほど両者は強い連想で結びついているのだが、それはカワードが自作の『渦巻(Vortex)』(1924)の舞台においてドレッシング・ガウン姿でデカダンな難役を演じたばかりでなく、舞台を降りたメディアのインタビューでもドレッシング・ガウン姿でカメラの前に立った(横たわった)ことによる。

 舞台上の退廃貴族のイメージに、オフステージでの有閑プレイボーイのイメージが加わったドレッシング・ガウンは、カワードのトレードマークとなった。のちに「プレイボーイ」誌の発行人ヒュー・ヘフナーもそのイメージに便乗し、ドレッシング・ガウン姿で写真を撮らせることになる。

 現在、ロンドンのギルドホール・アートギャラリーでは「ノエル・カワード:アートとスタイル」展が開催されている(12月23日まで)。彼の象徴となったドレッシング・ガウンを筆頭に、『陽気な幽霊』の舞台衣装などが展示されている。

 80年前に輝いたカワードのウェルメイド・コメディは、綿密に練られ完成度が高すぎる点が、ハプニングやゆるい空気感をよしとする現代の感覚とは合わないかもしれない。しかし、この稀代の才能とレガシーを人類の宝とみなし、映画や舞台や展覧会を通して、現代に、そして未来に継承していこうとする現代イギリス人たちの敬意と愛情に基づいた圧倒的努力には、深い共感と豊かな感動をおぼえる。

 ……な~んて真面目に受け取ると、カワードに「なにごとも真剣に受け止めちゃいけない。入浴剤だけは別だけどね」とウィンクされつつ、たしなめられそうだ。ファーストクラスの人生を生き切ったカワードに敬意を表して軽やかに楽しみたい映画である。