劇場だけではなく、配信などで好きな時間に気になる映画を見られる現代。新作が公開するシリーズものや埋もれた名作から、作品そのものの良さからファッションや生き方など「プラスワン」の魅力をご案内。映画会社勤務で自身も大の映画好きの條伴仁さんが、隙間時間を豊かにする映画を厳選してお届けします。ご期待ください。
文=條伴仁 イラスト=日高トモキチ
4作目から大作になった『ワイスピ』
待望久しい『ワイルド・スピード』最新作の『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』の日本公開を8月6日に控え、この記事では映画好きの視点からシリーズを振り返りつつ、その裏に潜む「とある大人の愉しみ」など、そっと共有できればと思います。
まずは、非常に異色な変化と拡大を続けるシリーズの全容から話を進めましょう。全部観ている方も、一部観ている方も、未見の方もこれで大丈夫!?
記念すべき第1作『ワイルド・スピード』が公開されたのは実に20年前の2001年。ストリートレーサーのヴィン・ディーゼルと潜入捜査官のポール・ウォーカーの対立と友情を軸に、チューンナップされた車のバトルを描いたこの作品は、公開と当時、実はスリーパーヒット(意外なヒット)という扱いでした。監督は同時期の『トリプルX』でもディーゼルと組んでいるロブ・コーエン。CGを駆使してエンジン内部まで描く描写が印象な快作でいた。
この後2003年にジョン・シングルトンが監督した2作目を挟んで、2006年に舞台を東京に移した『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』に続きますが、この作品の映画ファン的なチェックポイントは以降のシリーズのカギとなる監督、ジャスティン・リンの登場でしょう。
そして3年の空白をおいて2009年にシリーズの転機となる『ワイルド・スピード MAX』が登場します。監督はもちろんJ・リン。実は『ワイルド・スピード』が極めて異彩を放つシリーズなのは、この第4作からいきなり大作となり、しかもそれが順調に成功を納め続けるところにあります。現在でもYoutubeなどで本国の予告を観ることができますが、この第4作の「New Model / Original Parts」という本国でのキャッチコピーがとにかくかっこよく、この作品の本質と製作者の自信を垣間見ることができます。
こうしてシリーズはJ・リン監督のもと「MAX」を更にパンプアップさせた『ワイルド・スピード MEGA MAX』(2011)、ヨーロッパ進出の『ワイルド・スピード EURO MISION』へと順調に続いていきます。この時期は、ディーゼルとウォーカーを中心に多彩なキャラクターも充実し、後にDCのワンダーウーマン役でブレイクする前夜のガル・ガドットなども出演しているなど、シリーズの成長期となっています。
しかし、シリーズは次の第7作『ワイルド・スピード SKY MISSION』(2015)でもう一つの転機を迎えます。それが本作撮影期間中のポール・ウォーカーの事故死という悲しいアクシデントでした(あくまで撮影期間中での事故で、撮影による事故ではありません)。
『ソウ』シリーズや『アクアマン』で知られる才人ジェームズ・ワンが監督したこの第7作は、『ワイルド・スピード』シリーズの隠し味であるファミリーの絆を前面に出して、ウォーカーに最大限の敬意を払う感動作となっています。
この後シリーズはドウェイン・ジョンソン、ジェイソン・ステーサムという個性あふれる大物を迎えて、V・ディーゼルとの新たな対立と友情を軸にすることで、第8作『ワイルド・スピード ICE BREAK』(2017)、スピンオフ『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』(2019)と作品世界を拡げ続けています。
そして最新作『ワールド・スピード/ジェットブレイク』では、J・リンが監督に復帰。一方で現在公表されている情報ではD・ジョンソンとJ・ステーサムの名前がクレジットに見られないという、大きな期待と予測不能が入り混じった展開になっています。まずはこれ以上の遅延のない日本公開を待ちましょう。
『ワイスピ』のもうひとつの愉しみ方
このように順調な拡がりを続ける『ワイルド・スピード』ですが、密かな楽しみの沼はその対極の小さなところにありました。それは作中に登場する車のミニチュアカーです。
実は『ワイルド・スピード』は、登場する車の多くが劇中そのままの仕様で、多数ミニチュアカー化されおり、一時期、劇場のムビチケ特典やコンセッションのフードセットとしてついてきた時期がありました。映画とミニチュアカーがフュージョンする意外な沼があったわけです。
ミニカーなんか店頭や通販でいくらでも買えるじゃないか、という方も多いと思いますが、その中から「自分の尺度と選択眼を持って、気に入ったものだけを揃える」ということに「愉しみの技術」があり、それは腕時計であったり、酒であったり、あるいは盆栽であったりという、多くの趣味に共通するものです。
では、ミニチュアカーならでは魅力とはなにかというと、それは「縮小」と「省略」の意匠にあります。例えば実車を手のひらサイズに縮小し、しかも数百円で売るという条件付けをした場合、フロントグリルの細かい網目形状を完全に再現することは困難です。それをどのように縮小・省略して再現するか。あるいは手のひらサイズの大きさで、実車のペイントの光沢感やプロポーション、重量感などの「感じ」をどのように再構築するか。その細部に様々なクリエイティブが宿っています。
ちなみに『ワイルド・スピード』には数々の名車、カスタムカーが登場しますが、近作にはダッジチャージャーを氷原用に改造してリアにブースターを搭載した「Ice Charger」、相手の車の下に潜り込みひっくり返すことを目的に造られた「Flip Car – Vire O Carro」など、従来の枠に収まらない奇想を具現化したような改造車も登場します。
そしてそれらもきっちりと作品化されているのが、最近のミニチュアカー側のトレンドとなっています。そうした点では、ミニチュアカーの領域も、シリーズの拡大に対応して、その幅を拡げているのは頼もしい限りといえましょう。