文=難波里奈 撮影=平石順一

賑やかな街・渋谷で落ち着ける空間

 昼夜問わず賑やかな街、渋谷。ここ数年は駅の大規模な改修工事を行っているため、訪れるたびに様子を変えていて目的地へ向かうにはどこの改札から出るのがいいだろうか、と毎度ひやひやしている。そんな中でもある店へ向かうための道順は真っ先に覚えた。それは、1989年創業、ブルーボトルコーヒーのCEO ジェームス・フリーマンも惚れ込んだという「茶亭 羽當(ちゃてい はとう)」。

博物館のような重厚感のある家具と生花のアレンジメントがマッチする店内

 窮屈さを感じさせない、ゆったりとしたカウンター席の向かいには美しいカップたちがずらりと並び、目を奪われる。ちょっと視界を上にずらすと壁にも色とりどりのソーサーたちが飾られている。店内中央にあるシンボルマークのような大きなテーブルに活けられている季節の植物がある風景も羽當の特徴だ。入口以外に窓はない店内でもどこか清々しい空気が流れていて寛いでいる人たちの表情も和やか。

300客以上あるカップ。常連さんには同じものを出さないように配慮

 また、その人の雰囲気に合わせたカップで提供してくれることもこちらの特徴。いったい何を基準に選んでいるのか、いつも気になっていた疑問について尋ねてみた。「あまりじろじろ見たりはしませんけれど(笑)、さっと見た瞬間の雰囲気で」と教えてくれたのは、オープン当時からこちらで働いている寺島和弥さん。香り高い琥珀色の滴を作り出す指先の動きとトーンの落ち着いたやさしい声は、羽當の珈琲が喉をすべり落ちるときのなめらかさとどこか似ている

珈琲が好きで1日5〜6杯は飲むという寺島さん。バリスタが抽出するところを見られるカウンターはやはり特等席

 空いているときが少ないにも関わらず、こちらでは待ち時間がまったく気にならない。それは、「急ぐ」という焦りがないときに訪れていることもあるが、カウンターの向こう側ですいすいと泳ぐ魚のようなよどみない動きを追っているだけで楽しくて、そうしているうちに良い香りを漂わせた珈琲が手元に届くから。

「炭火煎羽富オリジナル」はペーパードリップ。ペーパーと容器の間に隙間を作るのが特徴
炭火煎羽富オリジナル850円(おかわりは500円)。深みがありつつすっきりとした味わい

 豆の品質のよさに自信があるからこそ、余計なことをせずに素材の味を引き出すよう心掛けているという。粗めに挽かれた豆は一杯につき約25g使用と一般的な量よりもたっぷり、焙煎してから3~4日以内に使い切るところもいつも新鮮な理由だ。珈琲の種類によって、ネルドリップとペーパードリップを使い分けて、豆全体を蒸らすように、お湯を一滴ずつ落とす慎重な作業が美味しさの秘訣。

「エイジングコーヒー(デミタス)」はネルドリップで、10分以上かけて抽出
エイジングコーヒー(デミタス)は五番町、ニレの2種類。950円。一度飲んだら忘れられない深い味わい

 店側のこだわりが強ければ強いほど、訪れたほうは構えてしまうこともあるが、こちらではいやな緊張感はない。「珈琲は日常の中にある存在。力んで飲むものでもないからくいっと飲んでほしい。だって、美味しいものってあとをひくでしょう?」と、やさしい表情にほっとする。美味しさの定義はあとからついてくるから、と寺島さんは笑う。

 売切れてしまうこともしばしばだというシフォンをはじめとした絶品ケーキたちも、こちらではあくまでも「コーヒーを引き立たせる」存在。

シフォンケーキ500円。種類はメープル、抹茶、バナナ、黒糖、シナモン、紅茶、オレンジの7種類
シフォンケーキの仕上げのクリームはカウンターで塗っている。ホールは2日前の予約で購入できる。4500円

 珈琲の味、場を彩るインテリア、迎えてくれる店の人たちのもてなしとそこに流れる空気。さまざまな要素が混ざり合って、居心地の良い場所というのは作られているのだと常々思う。誰かを連れていきたくなるとっておきの場所はこれからも多くの人たちを笑顔にするのだ。

食事メニューも美味しい羽當。珈琲と一緒にぜひ。クロックムッシュ750円。以前までSNSはやっていなかったが、現在は営業日などを知らせるためにinstagramを運用されているのでチェックしたのちに安心して足を運ぶことができる