文=難波里奈 撮影=平石順一
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劇団員により開業された「くぐつ草」
長く通い続けている店ほど、その新しい魅力に気付いた瞬間に感激してしまう。というのは、初めて訪れた場所は新鮮さから、360度興味深く観察するため、いろいろな情報がインプットされるのだが、訪問回数を重ねるうちにだんだんと慣れが出て同じパターンの行動を繰り返しがちになってしまう。
地下へのアプローチがとても好きな、吉祥寺のとある店を訪れたときにあらためてそのことを実感した。それは、「江戸糸あやつり人形劇団 結城座」の劇団員により開業された「COFFEE HALL くぐつ草」。
当時、劇場が吉祥寺にあったことから、公演の合間に劇団員たちの働く場所として作られたそう。「くぐつ」とは操り人形のことで、地下空間であっても自然を感じるように、という思いでつけられた「草」と融合した不思議な店名。
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どこか洞窟を思わせる控えめな照明と奥行きのある空間は建築家、鯨井勇(くじらいいさむ)によるデザイン。壁や天井の模様にいたるまですべて劇団員の手作業によるもので、創業当時から利用されているという椅子の背のデザインは一つも同じものがないこだわりにも注目したい。
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取材が始まるまでの間、テーブルに置かれていた宝の地図のような味わいのあるメニュー表を繰り返し眺めていた。それは革紐と木板で出来ていて、長い年月の間にたくさんの人たちがわくわくした気持ちとともにめくった時間が染み込んだとてもいい色をしている。
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並んだ文字たちを焼き付けているようにして見ているうちに、ふと「数え切れないくらい足を運んでいるが、いつもだいたい同じ組み合わせを注文している」という事実に気が付いた。
たとえば、匂いを嗅いだら空腹でなくとも食べたくなってしまうくぐつ草名物のカレーとオールドビーンズを使用したブレンドコーヒーのストロングのセット、軽く何か食べたいときはカップトーストやロールサンド、あまいものを欲したときには自家製レアチーズケーキか待つ時間さえも楽しいパンプディング。好きなものが明確であることは良いのだが、実に豊富なメニューがあることを知ったので、これからは違ったものも味わってみたいと思ったのだ。
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忙しさも少し落ち着き、立派なカウンターを挟んで現在店長を務める菅井あさみさんがいろいろなお話を聞かせて下さった。もともとは菅井さんのお母さまがこちらで働いていて、小さい頃から遊びに来ていたそう。あるときに人手不足のため頼まれてアルバイトをするようになって月日が経って今に至る。
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「カレーが人気なのですが、できれば珈琲を飲んでほしいですね。」というくぐつ草自慢の一杯は、ネルドリップで丁寧に淹れられている。豆は深煎りで苦みが強めだが、一度飲んだら癖になってしまう濃厚な美味しさだ。珈琲を淹れられるのは熟練した数名だけで、湯の温度や細さ、豆に落とす時間など絶妙な違いで味が変わってしまうそう。
「油断すると流れ作業になってしまうのでそうならないように気を配っています。珈琲豆は生ものですから難しいのですが、なるべく均一な美味しさを心がけて」という言葉の通り、いつ飲んでも「くぐつ草の味」であるところに感動してしまう。
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以前は満席であることも少なくないほど賑わっていたが、昨今の状況を受けてゆったりと過ごせる時間帯もあるそう。また、カレーや珈琲はテイクアウトも行っているので天気の良い日は購入して近くの井の頭公園で食べるのもおすすめである。
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