──『ゴロッパ』やお財布などは、そういう貴重な革を無駄なく使うためにつくられたとか。

森本 かといっていい革じゃないとできないよ! 財布もクズ革でできるかな?なんて思ったけど(笑)、まともな革じゃないとできない。お客さんに怒られちゃうよ。

──修理に持ち込まれる靴も年季が入っていますよね。

森本 これは40年前の靴。ソールは張り替えているけれど、まだ壊れてないでしょう? よくバカなもんつくってたよなあ……。うちのお客さんは見る目があるから、すごい喜んでくれるね。味のわかんないヤツにうまいもん食わせたって、なんの反応もないじゃない? やっぱり「美味い!」って言ってくれれば職人は喜ぶし。料理人と同じだよね。それでも値段は安い方がいいってんだから困っちゃうけどさ(笑)。

修理に持ち込まれた靴。40年以上にわたって付き合い続ける顧客も多いとか

分業制にしない訳

ノミのような道具を使って、ソールの余計な張り出しを削り出す。登山家の命を預かる道具だけに、安価だからといって気を抜くことは絶対にできない

──『ゴロッパ』は森本さんが考えられたんですか? カカトが浅いのに全然抜けないから、もう病み付きです。

森本 これはウチの若いのがやったんですよ。私に内緒で(笑)。甲の具合がうまくいったんでしょうね。

──そういえば、職人の皆さんが履かれていたのも、みんな試作品の靴でしたね。そうやって技術が継承されていくんだなあ。

森本 そうそう。うちは分業制じゃなくて、すべての工程を覚えさせるから。将来独立してもいいようにね。それを独立させないようにしたのが、昔の靴屋じゃないですか。ミシンと底付けとを分けたんですから。

──なるほど! 分業体制にはそういう意味もあるんですね!

森本 全部できたら勝手に独立されちゃうじゃん。ただ私はまがりなりにも全部できるように修行しましたけれどね。職人にごねられたとき、困っちゃうじゃないですか。そういうこともあるから、うちの若いヤツには全部覚えたほうがいいよって言ってるんだよね。

工房の2階には丸太の作業台がいくつか置かれ、アッパーの吊り込み(写真)や縫製などの工程が行われている。作業に丸太を使う理由は、衝撃をほどよく吸収してくれるからだという。職人さんのひとりに「ゴローで働く理由は?」と尋ねてみたところ、「ひとりですべての工程を手がけられるから」との答えが

──「ゴロー」さんからは、足立区の「NAKAMURA 」さんのような人気メーカーも輩出されていますものね。

森本 あいつ、売れてるんですよ。あと屋久島でやってるヤツ(「Pon Pon-YAKUSHIMA」)とか、東京で義肢装具をつくってるヤツもいますよ。

 

工房に宿る、古きよき時代の面影

工房の空間や道具、そこで働く職人さんたちに、愛おしむような視線を送っていた森本さん。この工房には、彼の人生のすべてが詰まっている

──ここでできたら、どこでも通用する職人さんになれるんでしょうね。だってみなさん、手作業だというのに、本当に仕事が早いですもんね!

森本 この工場で日産8足くらいかな。10足はできない。マシンの底付けといっても、手縫いと較べてそこまで違いはないんですよ。でも、昔はもっと早かったんですよ。名人が辞めちゃってね。

──創業時から一緒にやられていた職人さんのことですね。

森本 そう。コイツ(工房で働いている職人)の師匠ね。コイツは私じゃなくて彼が教えたから、こんなにできるようになったんですよ。教えるヤツが名人じゃないと、絶対に上手くならない。私が描いた下手くそな絵を、型紙にしてくれて、ああでもないこうでもないとバカなもんつくって、そうして50年もやってきたんです。そこにある丸太でつくった作業台は、その年寄りの職人がずっと使っていたんですよ。

森本さんと50年以上にわたって仕事を共にしてきた老職人が、自ら持ち込んだという丸太の作業台。この作業台について説明しているとき、森本さんは言葉を詰まらせていた

──大量のボンドが塊状になってこびりついて、ものすごい年季を感じさせますね。年月を感じさせるなあ。

森本 これ見てると、涙が出てくるよ。癌になっちゃったんだよね。まだ元気で生きていてくれるからいいけれど、死んじゃったら悲しいよ……。

──寂しいですね。でも、森本さんの引退も、寂しがっているお客さんが多いのでは?

森本 今はこうしてみんなにハッパをかけたり、靴を運んだり、常連さんの相手をしたりしているけどね。まあ、仕方ないよ。死んでまで仕事できないから。