洋服が置かれていない空間

地下2階に広がるアートスペースでは、約半年ごとに異なる日本のアーティストを紹介するとともに、ワークショップなども開催する予定。現在は陶芸家の辻村史朗氏の作品が展示中

 ローカルへの敬意がもっとも鮮明に表現されているのが、地下2階のアートスペースであろうか。地下といっても明るい自然光がやわらかに差し込む、天高6メートルの空間である。地下に降りていくというのに、燦々と明るい。離れ業をやってのけた建築家は、イタリアのロレンツォ・ラディ氏。

この「明るい地下空間」は、クチネリの本拠地であるソロメオ村の劇場や図書館のような、学びのためのアートスペースとして想定されている。初回のゲストアーティストには、陶芸家である辻村史朗さんが選ばれ、彼の作品が飾られている。現在はパンデミック下にあって難しいが、今後はゲストアーティストにちなんだワークショップもこの空間で開催される予定であるという。飲み物を楽しめるバーカウンターがあることにも高揚する。

バーカウンターを備えたアートスペースには、アート作品の展示とともに、様々なジャンルから選び抜いた書籍によるライブラリも。知的富裕層たちのコミュニティサロンとして機能するだろう

 この贅沢なスペースに、洋服は置かれていない。棚に飾られているのは、ウンブリア州の職人が手がける食器や花器、そして箸や箸置きなどのライフスタイルコレクションである。クチネリの好きな本を集めたライブラリもある。バーカウンターに座ると、ソロメオ村の雄大で静謐な情景の映像が流れてきて、ヴァーチャルにソロメオ村を旅できる。古城を改修した本社と工場があり、劇場、学校、図書館も整えられ、旅行客も多く訪れるようになっているが、クチネリはこの村にホテルを作るつもりはないという。なぜならば、ホテルを作ると夜も明るくなり、星空を楽しめなくなるから。「世界の美に果たすべき責任」をビジネスの基点におくクチネリらしい。

 

今、ラグジュアリーが果たすべき責任とは?

ブルネロ クチネリ ジャパン社の代表取締役社長、宮川ダビデさん。かつてはF1やサッカーのマーチャンダイジングにも関わっていた、ラグジュアリービジネスのスペシャリストだ

 クチネリが考える「果たすべき責任」は、自然の美に対してだけではなく、従業員の幸福に対しても、発揮される。連載の第11回で紹介した彼の著書『人間主義的経営』には、ソロメオ村のブルネロ クチネリ社で働く従業員の幸福に対する経営者としての責任が書かれているが、表参道店の店舗で働くスタッフにも配慮がなされている。地上2階、地下2階の4フロアからなる面積915メートルの店舗は日本最大なのだが、実はその三分の1が従業員のためのバックヤードとして使われている。スタッフが快適に働けるようにという計らいからである。ちなみに、すれ違ったスタッフのひとりに、「いかがですか?この店舗でのお仕事は?」と聞いてみたら、「とっても幸せです!」という答えが満面の笑顔とともに返ってきた。たまたまそこにブルネロ クチネリ ジャパン社の社長、宮川ダビデさんが居合わせていたためというわけではないだろう。

 従業員だけでなく、店舗を訪れたゲストも心地よく過ごせるように配慮が行きわたっている。要所要所にミニライブラリやチョコレートが置いてあり、テラスに出て、イタリアの家具に座って外の空気を楽しめるようになっている。なるほど、クチネリだったらこのように顧客をおもてなしするだろう。「クチネリの家」という別名は、伊達ではない。

イタリアを彷彿させる広々としたテラス空間。バーカウンターも用意されているので、コロナ禍の収束後はカフェやアペリティーボを楽しみながらショッピングと洒落込みたい