ブルネロ・クチネリ氏がビジネス書『人間主義的経営』を通じて提唱する、新しいラグジュアリーとブランドビジネスの概念。
文=中野香織
〝エモい〟ビジネス書
経営者が自らのビジネスを語る本としては、異色である。ガバナンス、戦略、組織、ファイナンスといった意識高めの用語が出てこない。
代わりに語られていくのは、幼年時代を過ごした農村の環境や家族のことや夢。都会に出た青年時代の発見や失望、哲学の学び。仕事を始めてからの家族や従業員に対する思いや倫理観。ソロメオ村を修復し、コミュニティを建設していくなかでの奇跡的な出会いや仕事のエピソード。ビジネスを通して見る各国の文化。書き留めていた賢人たちの言葉。つまり自伝的なストーリーである。
しかし、終わりの方にきて、ひとつひとつの経験や感情のすべてが、クチネリが掲げる「人間のための資本主義」に収束し、ビジネスを花開かせていることを全感覚で理解することになる。まるごとの人生の物語から、「人間のための資本主義」のエッセンスを身体感覚に近い形で学び取ることができるのだ。読者の経験や感受性に応じて受け取るものも変わってくるはずである。なんと豊かな語り口だろう。
経営者とは「人間の尊厳」の守り人である
ブルネロ・クチネリは、イタリア・ウンブリアのソロメオ村に本社をおくアパレル企業の経営者である。1978年に、色鮮やかなカシミアのセーターを製造することから事業を始め、82年にソロメオ村に拠点を移し、この場所を「人間のための資本主義」を実現する場所と決める。朽ち果てていた村の古城を買い取って本社としたり、古い工場を買い取って改修したり、職人のための学校を作ったりといったビジネスの延長での貢献をしただけではない。ソロメオ村の人々の文化的で豊かな暮らしの基盤を作るため、劇場、図書館、公園も作り上げた。