ヘルスケア産業のトップイノベーターを目指す中外製薬が取り組むDX戦略とデジタル人財育成

JBpress/2020.12.21

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 がん領域の医薬品と抗体医薬品で国内シェアNO.1(2019年度決算ベース)を誇り、医薬品メーカーとして時価総額第1位(2020年11月末時点)にある中外製薬が、DX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させている。「ヘルスケア産業のトップイノベーターとなるという目標を掲げ、競争力の源泉である“創薬技術力”と、医療・ヘルスケア領域での“サービス提供力”の強化を狙う。10月21日には「今こそ取り組むDX – 中外製薬のデジタル人財戦略を紐解く」をテーマにオンラインセミナーが開催され、同社のDX戦略とその実現に向けた人財育成への取り組みが紹介された。同社の事例を通してDXの実現に必要とされる戦略と具体策を考えていく。

3つの基本戦略で段階的にDXを推進

 「DXの本質はビジネスをどう変えるかということにあります」。中外製薬でDX戦略をリードするデジタル戦略推進部長の中西義人氏はセミナーの冒頭でDXをそう定義する。中西氏は2005年に中外製薬に入社し、薬理研究員として日本および海外赴任先のアメリカのバイオベンチャーで抗がん剤開発を担当した後、2019年10月に新設されたデジタル戦略推進部の責任者に就任した。

 全社からITのスペシャリスト、ビジネス部門のリーダーなどが集められ、デジタル戦略推進部には、製薬企業のバリューチェーンをカバーする多種多様なキャリアと専門性を持つスタッフがいる。現在、中西氏の元でこれらのメンバーが全社横断的にDXを推進している。それを支援する経営層のコミットメントもある。

 同社は2020年3月31日に「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を発表し、全社レベルでデジタルトランスフォーメーションを加速すると宣言した。中西氏は「目指しているのはビジネス革新です。デジタルによって自らのビジネスを変革し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供していきます」と語る。

中外製薬株式会社 デジタル戦略推進部長 中西 義人氏

 同社がDXにこだわる背景にあるのは、新薬開発の難しさだ。一つの新薬の開発にかかる期間は10年以上と言われる。しかも、新薬開発の成功率は年々低下し、開発コストは増加する一方だ。創薬技術力を強みとする同社も安穏としてはいられない。AIを始めとした最先端のデジタル技術とデータを活用することで、創薬プロセスを革新しようと動き出した。

 当然、目標は一朝一夕では達成できない。長期的な取り組みが必要になる。「ビジョンの実現に向けては、3つの戦略を持っています。まずデジタル基盤を強化し、すべてのバリューチェーンを効率化すると共に、デジタルを活用した革新的な新薬創出を実現していきます」と中西氏は「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」の基本戦略を語る。

DX実現へのロードマップ
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 具体的には、ソフト・ハードの基盤を構築し、デジタル人財を育成することでデジタル基盤を強化。次のステップとして、AIやロボティクス、AR/VRなどを駆使して、プロセスの効率化やデジタルマーケティングを推進。併せてデジタルを活用した革新的な新薬創出を実現して、製薬業界の常識を打破していくというロードマップを描く。

自社の強みを強化する「DxD3」の取り組み

 このセミナーを主催したストックマークの代表取締役CEOの林達氏の「製薬業界でも様々なDXの取り組みが行われています。中外製薬の取り組みにはどんな違いがあるのでしょうか」との問いに対して、「当社は創薬にデジタルを活用していきます」と中西氏の答えは明確だ。

ストックマーク株式会社 代表取締役CEO 林 達氏

 強みである創薬技術力をデジタルによってさらに強化することが同社のDX戦略の要であり、「デジタルを活用した革新的な新薬創出=Digital transformation for Drug Discovery and Development」の頭文字をとった「DxD3」によって患者さんの遺伝子情報などに応じて治療計画を立てる個別化医療の実現を目指す。この取り組みには3つの注力分野がある。「AIを活用した新薬創出」、「デジタルバイオマーカーへの取り組み」そして「リアルワールドデータの利活用」である。

 AIを活用した新薬の創出では、病気の原因となる遺伝子の同定や新薬の候補となり得る抗体、分子の創出、それら分子の評価という開発プロセスの各段階にAI技術を活用し、新薬開発の成功率を向上させ、新薬として発売するまでの時間やコストの大幅な短縮を目指す。

 デジタルバイオマーカーへの取り組みでは、ウェアラブルデバイス等を活用してバイタルデータを取得して、データによって客観的に病状を可視化する。例えば、痛みのパターンを把握することで、どういう状況で医薬品の効果が出ているかなどを解明していく。

 そして3つ目がリアルワールドデータの利活用だ。医療データをはじめとしたビッグデータを活用することで、臨床試験とは異なる視点から一人ひとりに最適な治療の意思決定の迅速化などを目指す。

 しかし、病院の臨床データを入手することは日本では難しい。電子カルテの仕様はそれぞれに異なり、医療機関ごとに閉ざされているケースが多い。そこで同社の強みとなるのが、世界有数の製薬企業であるロシュ・グループの一員であることだ。2018年にはアメリカのがんセンターの電子カルテのデータを保有するフラットアイアン・ヘルスがグループに加わり、新薬開発への活用が進められている。

デジタル基盤として人財育成に注力する 

 革新的な新薬創出を目指す「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」の最初のフェーズであるデジタル基盤強化の重要な要素に位置づけられているのが“デジタル人財”の育成である。デジタル人財の育成はデジタル戦略推進部の重要なミッションの一つだ。

 「DXの推進にはデジタル人財が必要です。そこで社内の体制を整備して、社外のパートナーと連携しながら、人財育成に取り組んでいます」と中西氏は語る。社内に多いビジネス分野の知識を持つビジネス人財をはじめ、様々なバックグラウンドをもつ人財にデジタル分野の知識を提供するのもデジタル戦略推進部の役割だ。

 「普通はデジタル化に向けた実証実験などが先行され、人財の育成が後回しにされがちです。なぜ御社では最初に人財育成に着手したのでしょうか」との林氏の問いかけに対して中西氏は「人がいてこそビジネスができると考えるからです。あえて“人財”と表現しているのもそのカルチャーがあるからです」と答えた。

 現在同社では、データサイエンティスト、データエンジニア、デジタルストラテジスト、デバイス開発技術者など特定デジタル人財の採用と育成に取り組むと同時に、全社的なデジタルリテラシーの向上のための活動に取り組んでいる。

 「特定デジタル人財の育成は簡単ではありません。例えば、データサイエンティストを育成する外部のトレーニングプログラムは数多くありますが、すべて一般的なものでヘルスケアや医薬品向けのコンテンツはありません。今はそれで足りていますが、今後独自に開発していくことになるでしょう」(中西氏)。

 また各部門での特定デジタル人財に対する不足感も調査してどれくらい不足しているのかを把握した。データサイエンティストでは20項目のケイパビリティを設けてレベルを4段階に分けてサーベイを実施し、人事部と連携して今後の採用・育成計画を立案することも行っている。 

 全社的なデジタルリテラシーの向上のための活動の仕掛けもいろいろと用意している。デジタル分野の知識を深めるためのeラーニングや各種コンテンツを提供している。中西氏は「とにかく繰り返し情報を提供し続けることがポイント」だと語る。

 コロナウイルス感染拡大前には、各部門のデジタル化への取り組みを一堂に会して発表する「デジタルサミット」も実施した。社外向けにデジタル人財の活躍をソーシャルメディア「note」で発信することも行っている。

 ストックマークが提供する「Anews」もこうした活動の一環として活用されている。AIが関心事に合わせて最適なニュースをレコメンドするAnewsを導入した狙いについて中西氏は「AIというものに身近に触れてもらいたかったことと、デジタル系の情報のシャワーを浴びることでリテラシーを向上させることです」と話す。

 利用方法にも工夫をこらした。同社では利用を希望する人に手を上げてもらって、定期的に情報発信するなど利用条件を付けた。無条件であればかえって活性化しないという懸念があったからだ。実際に情報が流通するようになってリテラシーの向上につながっているという。

実験環境を提供して挑戦する風土を作る

 もう一つの全社のデジタルリテラシー向上への大きな仕掛けが、2020年6月から本番運用を開始したデジタルイノベーションラボ(Digital Innovation Lab)、通称DILの存在だ。DILの特徴は、デジタル化に挑戦する環境が提供され、誰もが失敗を恐れずトライアンドエラーできるところにある。プロジェクトにかかるPoCの費用はデジタル戦略推進部の予算から出る。

デジタルイノベーションラボ(DIL)
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 「DXを推進するには、現場に近いところの課題解決にトライアンドエラーを繰り返しながら挑戦するしかありません。しかし、当社には製薬企業として“決められたことをやる”という文化があり、それを変えるのは大変です。そのきっかけとしてDILを活用してもらいたい」と中西氏は語る。

 DILの認知を広めるために、経営者からメッセージを発信してもらい、メールや社内ポータルで繰り返し通知し、関連するコンテンツを提供し、PoCを実施するためのアイデアを募った。その甲斐もあってDILには全部門から150件もの申し込みがあった。予想は30件程度だっただけに嬉しい誤算だったという。

 アイデアには新規ビジネス創出に関するものに加え、「VRでタンパク質の構造を解析する」「写真で営業ツールを迅速に作成する」「オペレーションを自動化する」など「現場のビジネス課題をデータで解決したい」というものが多かった。DILの審議会でアイデアの内容を精査し、50件程度を次のPoCの準備フェーズに進め、現在7件のPoCを実施している。

 「PoCの期間は3ヶ月に限定し、勤務時間内で取り組んでもらいます。大型案件についてはデジタル戦略推進部のメンバーがサポートします。また、DILでの活動を人事評価にも反映してもらうことにしました」と語る中西氏に対して林氏は「現場に近い課題に業務として取り組んでいるところが素晴らしい」と称賛した。

 「当初は何をやるのかなという目で見られていたと思います。でもトップから社内外にメッセージを発信してもらい、本部長にもコミットメントをもらい、社内を行脚して説得して各本部にデジタルリーダーを選任してもらうことで、徐々に広がりました。アンチデジタルがいなかったこともやりやすかった要因の一つです」と中西氏は振り返る。

 現在進めている社内向けのDXであるインターナルDXは、自社の強みを強化する取り組みであり、自社とパートナー企業とでできる取り組みだが、Phase3に掲げる「社会を変える」DXは社外も巻き込んだエクスターナルDXになる。それは中外製薬だけでは実現できない。社外の様々な企業とケイパビリティを持ち寄って新たな価値を創造していくことになる。そこでも独自の工夫が見られるだろう。今後の展開にも注目したい。

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