フラウンホーファー研究機構 応用情報技術研究所(FIT) Prof. Dr. ハラルド・マティス氏

 ドイツ連邦州の1つ、ノルトライン=ヴェストファーレン州(以下、NRW州)。NRW州、そしてその州都であるデュッセルドルフ市は、ヨーロッパのほぼ中心に位置し、販売市場へのアクセスに優れていることなどから国内外の多くの企業が拠点を設置、産業地域として発展を遂げてきた。近年は、ビッグデータ、インダストリー4.0、CPS、スマートシティ、ITセキュリティー、IoT、物流、エネルギー、およびロボット・ AIなど、最先端デジタルの拠点へと躍進している。2019年9月5日にイイノホール&カンファレンスセンター(東京・内幸町)で行われたイベント「デジタライゼーションの開発・応用——日独企業およびドイツ・NRW州/デュッセルドルフ市の最前線から」の講演内容から、同地の魅力についてレポートする。

欧州における“ICTのチャンピオン”
ドイツNRW州の魅力とは?

NRWジャパン 代表取締役社長 ゲオルグ・ロエル氏

 ドイツNRW州政府傘下の経済振興公社(以下NRW.INVEST)およびデュッセルドルフ市が主催するイベント「デジタライゼーションの開発・応用——日独企業およびドイツ・NRW州/デュッセルドルフ市の最前線から」——。

 NRW.INVEST社の日本現地法人(以下NRW ジャパン)代表取締役社長であるゲオルグ・ロエル氏による開会宣言でスタートしたイベントは冒頭、NRW州 経済・イノベーション・デジタル化・エネルギー省次官のクリストフ・ダンマーマン氏、デュッセルドルフ市長のトーマス・ガイゼル氏、両名による開会スピーチが行われた。

NRW州 経済・イノベーション・デジタル化・エネルギー省次官 クリストフ・ダンマーマン氏

「州政府・連邦政府からのサポートもあるNRW州は、スタートアップにとってとても優れた場所だと思います。昨今はAIの開発・研究もさかんで、州政府の手でAI向けプラットフォームがつくられるなど、関連分野への投資も見込まれています。応用AIの追究により、NRW州は欧州におけるAIのホットスポットにもなっていくでしょう。日本の皆さまにも我々がつくる“エコシステム”のメンバーになっていただきたい」(ダンマーマン氏)

デュッセルドルフ市長 トーマス・ガイゼル氏

「デュッセルドルフ市は、欧州最大の“日本企業集積地”です。市内だけで約410社、近郊エリアを含めば約600社の日本企業がここに拠点を置いています。欧州の中心に位置し、地理的条件に恵まれ、銀行・保険・情報通信・技術・サービス業など、経済的にも多様で強力な力を持っている。新たな発展・開発を目指す誘致企業をサポートする仕組みも整備されています」(ガイゼル氏)

 2人のスピーチの後には、NRW.INVEST社 アジア・東南アジア・オーストラリア・南米部長のアストリッド・ベッカー氏が、オープニングプレゼンテーションに登壇。ドイツ国内で最大の人口と、ドイツ全体のGDP(国内総生産)の5分の1以上を算出する「欧州全体の経済的中心地・NRW州」の魅力について解説した。

NRW.INVEST社 アジア・東南アジア・オーストラリア・南米部長のアストリッド・ベッカー氏

「GDPは7,000億ユーロ超。人口約1,790万人を抱え、消費も盛んで、欧州最大の工業地帯でもある、それがNRW州の特色です。ワールドクラスのR&D(大学、研究開発機関など)の存在が州の経済的成功を支えており、立地的にも欧州の“横断路”になっていることから、外資系企業も数多く集積。さらにはドイツ国内のICT企業も5分の1がこのエリアに拠点を置き、スマートホーム&スマートリビング、eコマース、モビリティー、エネルギー、ロジスティクス、ヘルスケアなどの関連分野がNRW州をハブとして活用している。いまNRW州は、欧州における“ICTのチャンピオン”とも言われているほどです」(ベッカー氏)

欧州最大の応用研究機関が牽引する
AIの新手法

 イベントの基調講演の登壇者として、ドイツ各地に70を超える研究所・研究ユニットを構える欧州最大の応用研究機関・フラウンホーファー研究機構の応用情報技術研究所(FIT)から、Prof. Dr. ハラルド・マティス氏が参加。NRW州Sankt Augustin(ザンクト・アウグスティン)に研究所を置いているFITの活動紹介として、ドイツで活用が拡がる最新AI動向について解説を加えた。

フラウンホーファー研究機構 応用情報技術研究所(FIT) Prof. Dr. ハラルド・マティス氏

 そもそもFITの応用研究で取り扱う技術は「実生活に基づいてエビデンスをとる」ことを基本方針としている。FITで力を入れている人口知能(AI)研究においてもそれは同様だが、これまでドイツ国内におけるAI研究は「世界と比較してもいささか遅れをとっていた」とマティス氏は話す。FITはこの遅れを取り戻すべく、機械学習などのオープンソースツールを開発。それらツールのライセンス契約を結び、自社の経営に活用する企業も増えており、産業界での応用されるユースケースも目立つようになってきた。

「AIツールの導入により、企業は効率的に自社リソースを使い、有効なプロセス最適化をかなえられます。その応用例の1つが食品業界です。ドイツでは食肉の生産管理が1つの問題となっていて、例えばソーセージがどういうふうにつくられ、どのように売られていくのか——例えばそうしたことがツール導入に伴う正確なデータモデル作成・予測から分かるようになります」(マティス氏)

 そのような動きがある中、食品業界でも取り入れられるようになったのが、昨今ドイツ国内で広まる“アニマルウェルフェア”(家畜を快適な環境下で飼養することにより、ストレス・疾病を減らし、生産性向上や安全な畜産物の生産につなげる活動)という欧州発の考え方である。

「動物心理学者の知見をお借りし、家畜にとってよりよい生活状態をAIで判断するというユースケースもあります。NRW州ではこうしたデジタル農業も重要分野と期待されており、そこに新たなAI活用の活路があると考えています」(マティス氏)

 マティス氏はアニマルウェルフェアで活用したケースの詳細の他、スマートシティ、スポーツ、エレクトロニクスといった領域での応用についても言及。およそ30分間の基調講演はあっという間に幕を下ろした。

NRW州&デュッセルドルフで
生まれたビジネスの成功ケース

 基調講演の後には、各分野のリーディング企業5社が、NRW州およびデュッセルドルフ市における取り組みについてプレゼンテーションを行った。当地でいったいどんな活動が起こっているのか。プレゼンの様子を登壇順に紹介する。

digihub“デュッセルドルフ/ラインランド” CEO ペーター・ホーニク氏

 1人目の登壇者は、NRW州内に6エリアある企業とスタートアップのマッチング拠点「デジタル・イノベーションハブ」(digihub)の1つ、digihub“デュッセルドルフ/ラインランド”のペーター・ホーニクCEO。ホーニク氏は、デュッセルドルフ市内にテック系スタートアップが増え、ホテル料金の比較・予約サイトで知られる「trivago」(トリバゴ)などの成功企業も生まれているNRW州の現状について来場者へ伝えた上で「digihubは企業・スタートアップの“コネクター”として『マッチメイキングイベント』『アクセラレータープログラム』『コーポレートサービス』を皆さまに提供する」と解説。来年開催を予定する「Digital Demo Day 2020」について紹介するとともに、日本企業の参加を呼びかけた。

ルネサスエレクトロニクス株式会社 オートモーティブソリューション事業本部 車載ビジネスマネジメント統括部 統括部長 赤井謙二氏

 2人目の登壇者は、半導体メーカー・ルネサスエレクトロニクス株式会社 オートモーティブソリューション事業本部 車載ビジネスマネジメント統括部 統括部長の赤井謙二氏。車載の半導体の中でも「MCU」と言われるマイコンの市場においてトップシェアを維持する同社もまた、デュッセルドルフ市内にヘッドオフィス「Renesas Electronics Europe GmbH」を置く。CASEを背景とした自動車業界の世界的な転換期が迫る中、先進運転支援システム(ADAS)および自動運転を重点分野と捉える同社。赤井氏は「Mercedes-Benz、BMW、Audiなどのカーブランドを持つドイツは重要な市場。グローバル市場にアドレスするため、欧州やドイツカーメーカーとのコラボレーションは有効なものになるはず」と総括した。

Henkel社 コーポレート・デジタル・グローバル・エクスペリエンス長 小尾理奈氏

 3人目の登壇者は、Henkel社 コーポレート・デジタル・グローバル・エクスペリエンス長の小尾理奈氏。デュッセルドルフ市に拠点を置くHenkelは、家庭用洗剤・シャンプー・歯磨き粉などを製造する大手ブランド。そんな同社は2年前から3つの事業部門に対するデジタル変革の活動としてオープンイノベーションプラットフォーム「Henkel X」を始動した。小尾氏は「Henkel Xのプラットフォーム上では“3E”の手法——Ecosystem(生態系)&Experience(体験)&Experiment(実験)——を用いながら、業界のパートナー、投資家、スタートアップなどとともに、アジャイルな手法、パイロットプロジェクトの推進、MVP(Minimum Viable Product)開発などを行い、それらの活動から新しい製品・サービスのアイデアを生み出している」と、当地におけるイノベーション創出の空気感を伝えた。

NRW州という立地が
成長にもたらすインパクト

DMG森精機セールスアンドサービス株式会社 DMG販売統括部 統括部長 ライナー・ファフ氏

 4人目の登壇者は、DMG森精機セールスアンドサービス株式会社 DMG販売統括部 統括部長のライナー・ファフ氏。工作機械メーカー・DMG森精機の販売部門・サービス部門として設立した同社は、“ナショナルヘッドクォータ”としてNRW州Bielefeld(ビーレフェルト)に拠点を置いている。日本と同様、高齢化問題を抱えるドイツ国内では、生産現場の自動化・省力化を目的とした“デジタルスマートファクトリー”のニーズが高まっている。「当社でも機械・工場・企業をつなげる“工場のスマート化”を実現するためのソリューション開発を行っている」とファフ氏。さらにデジタルスマートファクトリーの内容についても詳らかにされた。

Cognigy CEO フィリップ・ヘルテヴィーク氏

 最後の登壇者はデュッセルドルフに本社を置くスタートアップ・Cognigy社 CEOのフィリップ・ヘルテヴィーク氏。同社が開発する会話型AIプラットフォーム「Cognigy.AI」の適用範囲はカスタマーサービス、ITヘルプデスク、各種オペレーション業務、さらには人事、セールス&マーケティングなどにも拡大中。ドイツ国内でも名だたる企業が「Cognigy.AI」を導入する。ヘルテヴィーク氏は「我々のビジネスが成功した要因の1つはデュッセルドルフ市にいたから」と本社の立地するデュッセルドルフ市の魅力についても言及。「国内のみならず欧州各国のたくさんの企業にアクセスできるロケーションに加え、生活の質も高い。人件費も決して高くはなく、ビジネスをするには最適な場所です」。

デュッセルドルフ市 経済振興局 国際ビジネスサービス部イーリナ・コードン氏

 イベントの最後には、デュッセルドルフ市 経済振興局 国際ビジネスサービス部のイーリナ・コードン氏が登壇。デュッセルドルフ市の特色、誘致企業へのサポート体制などについて、改めてその要旨を説明した。セッションの最後には日本企業に向けて「デュッセルドルフ市にぜひ来ていただきたい」と語り、約3時間のイベントは幕を下ろした。

欧州の中でも極めて立地がよく、地域全体でオープンイノベーション創出の取り組みが進められているNRW州およびデュッセルドルフ市。この日行われた貴重なセッションからは、パートナーとのビジネスマッチングのための仕組みが整備され、さらには各市場からのパートナーへのニーズが高まっている様子を感じ取れたのではないだろうか。NRW.INVEST社およびNRWジャパンは、日本企業に呼び掛けている。NRW州が有するリソースとポテンシャルを活用し、共にビジネスをダイナミックに変革していくことを。

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