「日本の食は、わが国における第二の自動車産業にさえなり得る」と語るドン・キホーテの創業者・安田隆夫氏は第二の創業として「ドンドンドンキ」という店舗をつくった。〔写真〕sommart - stock.adobe.com

 パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)。この企業名になじみのない人には「ドン・キホーテをを傘下に持つ持ち株会社」というとよいかもしれない。今から35年前、東京都府中市に1号店をオープンした「ドン・キホーテ」。当初は「繁華街にある24時間営業の安売り店」としてお客の支持を集めていた企業は、長崎屋やユニーなどを傘下に収めることでチェーンとしての力も付け、国内トップクラスの小売企業に成長した。そして今、今後の成長の舞台として海外市場での店舗展開を積極的に進めている。「アジアの流通王」を予感させるPPIHの最新戦略を紹介する。

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 PPIHの2023年6月期(連結)の売上高は1兆9367億83百万円(前年対比5.8%増)、営業利益は1052億59百万円(同18.7%増)。店舗数は722店(国内617店、海外105店舗)。売上高と営業利益ではセブン&アイ・ホールディングス、イオン、ファーストリテイリングに次いで国内の小売企業で4位だが、注目すべきは成長力の高さである。

 ドン・キホーテ1号店を開店させた1989年から34期連続の増収増益を続けている。つまり、売り上げを上げ続ける力と利益を増やし続ける力を備えているのだが、それは次の2つの力が高いからだ。

 1つ目が個店の営業力。ドン・キホーテは店舗に大幅な権限移譲を行っている。売場づくりや価格政策などチェーンストアでは本部が決めることを店舗でも行えるようにすることで、低価格で売れる商品を個店で仕入れたり、個店の状況に合わせた品揃えをしやすくしている。チェーンストア企業となった現在でもこの強みは生かされ、多くの顧客を引き付けている。

 2つ目が利益率。売上総利益率(粗利益)は2023年6月期で31.0%。5年前(2018年6月期)の25.9%から大幅アップしており、2024年6月期第2四半期では31.6%とさらに利益率が向上している。

 その原動力の一つが「情熱価格」と名付けられたPB(プライベートブランド)商品の貢献にある。情熱価格は2021年2月にリニューアルされ、「顧客と一緒につくる」をコンセプトとした「ピープルブランド」として再スタート。お客からの「ダメ出し」を受け付けるための専用サイトも設けるなど、改善要望や提案などを商品開発に反映し、商品力の強化につなげている。

 情熱価格はリニューアルでロゴも一新し、ビジュアルイメージも変えた。以後、食品、衣料品、寝具、家電など幅広い分野で新商品を投入し、2024年2月時点では約4000アイテムのラインアップをそろえる。

 新商品の多くは「お客さまの声に応えた」をキャッチフレーズに掲げ、「スニーカー心地のラクすぎビジネスシューズ」(履きやすく汚れにくいスニーカータイプのビジネスシューズ)や「ドッチモインナーTシャツ」(裏表と前後をなくし、どう着てもよいインナーTシャツ)など顧客の不満や要望に対応した商品となっている。

 PPIHは「個店の営業力」「高い利益率」という2つの強みを武器に、2024年6月期に売上高2兆700億円、営業利益1300億円を見込んでおり、35期連続の増収増益が確実視されている。

国内では総合スーパーを傘下に収め、規模拡大を加速化

 PPIHの事業別の売上構成比はディスカウントストア60.9%、GMS20.1%、海外15.3%、その他事業(テナント事業、カード事業など)3.7%(2024年6月期第2四半期)。

 ディスカウントストアは「ドン・キホーテ」の名前を冠する店舗で、GMSには主にユニーの「アピタ」「ピアゴ」などかつての総合スーパーの店舗が分類される。

 だが、PPIHのディスカウントストアの売上構成比は食品と日用雑貨品で71.3%(2024年6月期第2四半期)。これは総合スーパーの売上構造といってよく、筆者はPPIHはディスカウントストアとGMSという2タイプの総合スーパーを展開する企業とみている。

 日本の小売業界では1970年代から2000年代までダイエー、イオン、イトーヨーカ堂、西友、ユニー、長崎屋といった総合スーパー企業が主役の座を占めていた。

 しかし、1990年代後半から2000年初頭にかけて始まったアパレルやホームファッションなどの専門店チェーンの台頭や郊外型ショッピングセンターの増加により総合スーパーは勢いを失っていく。先に挙げた企業の中には吸収合併されるなど、幾つかの企業が主役の座から消えていき、ダイエーは2015年にイオンの完全子会社となった。西友は2002年に米国のウォルマートの傘下に入り、その後、子会社となったが、現在は楽天グループを経て、投資ファンドの手中にある。

 そうした中、存在感を出したのがドン・キホーテ。総合スーパーをM&Aすることで現在の企業規模をつくっていった。

 端緒は2007年に買収した長崎屋だ。長崎屋は衣料品を強みとする準大手の総合スーパー企業だったが、1990年代から業績不振に陥り、幾つかの投資ファンドを経て、ドン・キホーテの傘下に入った。ドン・キホーテはこの買収により200店舗を超える店舗網を築き、その後、長崎屋の店舗は「MEGAドン・キホーテ」の名前を冠した大型店へと転換していく。

 2019年に傘下入りしたのがユニーだ。ユニーは伊藤忠商事を介してファミリーマートと経営統合したが、その後、ドン・キホーテのグループとなった。ユニーが加わることでドン・キホーテの店舗数は600店舗を突破。売上高も2018年6月期の9415億円から2020年6月期には1兆6819億円へと約1.8倍に急拡大した。

 そして、このM&Aは「既存店舗を改修することで店舗の開発費用を抑えられる」「食品や日用品の販売ノウハウをドン・キホーテにもたらす」という効果ももたらした。

 一方、都市部では新業態開発を進めてきた。2022年にはZ世代をターゲットとした食品・コスメ・雑貨の専門店「キラキラドンキ」の1号店としてダイバーシティ東京プラザ店(東京都江東区)をオープン。2023年には2号店の近鉄パッセ店(愛知県名古屋市)、3号店の狸小路店(北海道札幌市)を出店した。

 そして、2023年8月にはPB商品を中心に扱う「ドミセ」を東京都渋谷区の道玄坂にオープン。ともに小型店だが、有数の観光地、繁華街への出店となっており、近隣にあるドン・キホーテの大型店と一体となって、エリアでのシェアを高めようとしている。

安田氏はドン・キホーテの前身となる「泥棒市場」(深夜12時まで営業する雑貨店)でナイトマーケット需要を発見。それが新宿歌舞伎町など繁華街で24時間営業をする安売り店へとつながっていった。〔写真〕yu_photo - stock.adobe.com

海外では日本食拡販のメインプレイヤーに名乗り

 ドン・キホーテが持ち株会社化しドンキホーテホールディングスとなったのが、2013年12月。その商号を現社名であるPPIHに変更したのが2019年2月。「パンパシフィック(環太平洋)」を冠する社名には環太平洋地域への海外出店の意欲が表れていた。

 海外展開のスタートは2006年。これもM&Aで、総合スーパーのダイエーのハワイにある店舗の取得だった。その後、米国では2013年に北米およびハワイ州での店舗運営を目的として、MARUKAI CORPORATIONを子会社化。2017年にハワイでスーパーマーケットを展開するQSIを子会社化し、2021年には米国のカリフォルニア州に高級スーパーマーケット「ゲルソンズ」を展開する運営会社を買収した。

 しかし、米国に拠点を築きつつも、PPIHの現在の海外事業の本命は東アジアにある。

 ドン・キホーテの創業者であり、企業を大きく成長させるまでリーダーシップを発揮してきた安田隆夫氏は2015年にドンキホーテホールディングス(現PPIH)の代表取締役会長兼CEOを退任し、シンガポールに拠点を移した。

 安田氏がシンガポールに本拠を構えた直後の2017年、シンガポールに「DON DON DONKI」(ドンドンドンキ)1号店をオープン。同店は海外店舗では初めてのゼロからの開設だった。

 その売場の特徴は日本産の食品を中心に品揃えしたことで、いわばスーパーマーケットに近い。海外から人気の高い日本産品を自社による直接貿易で送り込むことで、手頃な価格で提供することを実現した。

「日本の食は、わが国における第二の自動車産業にさえなり得る」

 海外事業について、安田隆夫氏は自社のホームページ内でこう語る。

 安田氏はドンドンドンキ開設を「第二の創業」と位置付けて、「ジャパンブランド・スペシャリティストア」として海外で日本食材を提案し、拡販するメインプレイヤーとなろうとしている。

 そのための体制づくりに注力。2020年、日本の農畜水産物の輸出拡大に向けた生産者とのパートナーシップ組織として「パン パシフィック インターナショナルクラブ(PPIC)」を設立(既に300以上の法人・団体が参画している)。

 国内の自治体とも「県産品の海外販路拡大」を目的とした協定を結んでいる。2020年に愛媛県、鹿児島県、熊本県、2021年に和歌山県、2022年に沖縄県、北海道札幌市、2023年に香川県、宮城県、2024年に福島県といったように農産、水産の有力産地との結び付きを強めている。

 2023年春には国内メーカー向けに「世界商談会」を実施。加工食品、日配品、酒などのメーカー各社の海外担当者を集めて商談することで、PPIHの海外店舗向けの日本産品の品揃えを拡充させそうとしている。

「ドンドンドンキ」はシンガポールに16店、香港に10店、タイに8店、台湾に5店、マカオに2店、マレーシアに4店展開。この他、香港とマカオ、台湾、マレーシアでは寿司店、香港ではおにぎり店を出店している。〔写真〕sommart - stock.adobe.com

「ドンドンドンキ」を武器に「アジアの流通王」が視野に

 PPIHでは2025年6月期に売上高2兆円を目指している(1年前倒しで実現することになりそうだが)。そのときの海外売上高は3700億円と、2割近い構成比を見込む。

 今後、ドンドンドンキでは、日本の食に加えて、レジャー関連、バラエティ雑貨、コスメなど非食品の品揃えを拡大する予定。日本のドン・キホーテには海外から多くの旅行者が買い物に集まるが(免税売上は2024年6月期に1100億円を見込む)、この需要を日本へ行かなくても取り込むための取り組みも始めている。

 国内では「ドン・キホーテ」という新しい総合小売業の形を示してトップクラスの企業になり、海外では「ジャパンブランド・スペシャリティストア」で差別化を図るPPIH。日本だけでなく、海外でも他社にはまねできない差別化された店づくりで進める店舗展開の先には「アジアの流通王」が見えてきたといえるだろう。