純米酒を常温熟成させたら面白い
当時、日本は急激な経済発展を遂げたものの、日本酒市場はまだ戦時中の米不足を補うために登場した三増酒などの全盛期。つまり、本物の純米酒はめったに手に入らなかった。20代前半だった鐵也さんは、そんな時代にあえて“純米酒を常温熟成させたら面白い酒ができるはず”と考えた。
「日本酒は、米の酒です。そのため、アルコールを添加しない純米酒にこだわり、長期熟成に耐えられるようあえて酸をやや強めに出した酒質とし、昔と同じように常温で寝かせることにしました」
しかも、大胆なことにタンク1本、火入れ(殺菌)したものをまるごと熟成! 先代が総ケヤキ造りで建てた土蔵の貯蔵庫で寝かせれば、独自の味わいを出せると確信していた。「これもひとつの親子のコラボレーションです」と、鐵也さんは笑う。
伝統的な日本の土蔵建築の利点をうまく生かしたこの貯蔵庫が、驚くべき熟成香と黄金色をもたらした。夏の暑さをやわらげ、近江の風土をやわらかく伝えながら、唯一無二の熟成酒を育ててくれたのだ。
地酒造りは、土地の自然とともに
ちなみに藤居本家の仕込み水は、鈴鹿山系の山並みを源とする伏流水。ちょうど100年ほど前に降った雨雪が山肌にしみ込み、地下水となったものを、敷地内の井戸から汲み上げているという。その軟水の味わいは、やわらかく、やさしい。
七代目蔵元の藤居鐵也さんはこう話す。
「地酒造りは、土地の自然とともにあるものです。ここ滋賀県は近畿の水がめの琵琶湖をお預かりしておりますので、わたしどもは “環境こだわり米”という、農家の方々が手塩にかけて低農薬低肥料で育てられた滋賀県産の酒造好適米を100%原料米とし、環境負荷の少ない酒造りを心がけています」