風俗画家として描いた「寓意画」
寓意画は絵画のジャンルの最高位にあるもので、フェルメールは《絵画芸術》(1666-67年)、《信仰の寓意》(1673-75年)という代表作を残しています。初期の物語画を除くと120×100cmと一番大きいサイズが《絵画芸術》でした。最晩年の作品《信仰の寓意》も114.3×88.9cmと風俗画に比べ大きいものでした。
フェルメールが《絵画芸術》で舞台に選んだのは、風俗画的な自分のアトリエのような一室でした。画家の守護聖人である聖ルカが幼子キリストを抱いたマリアを描いている場面という伝統的な図像「聖母子を描く聖ルカ」と、当時流行していた「画家のアトリエ」という図像を融合したものです。
この時代より前のファッションの画家はフェルメール自身とみられ、画家の前には歴史の女神クレイオがモデルとして立っていることから、物語画を描いていることがわかります。
1593年に出版されたイタリアの著作家チェーザレ・リーバの図像学事典『イコノロギア』は17世紀の画家のバイブルでした。たとえば「歴史の寓意である女神クレイオは頭に月桂樹の冠を被り、右手にトランペット、左手にツキディデスの歴史書を持っている」とあります。フェルメールがこれらを参照してこの絵を書いたことは明らかです。
クレイオが被っている月桂樹の冠は勝利を表していることから、物語画という枠組みを利用しながら、風俗画家として独自のアイデンティティを確立した自負が伝わる作品です。
また、最晩年の作品《信仰の寓意》は《絵画芸術》の部屋と似ている場所を舞台にしていますが、その筆致はより簡略で省略的になっています。登場人物はフェルメール作品中で唯一、演劇的なポーズを取っています。画中画の磔刑図は17世紀フランドルを代表する画家ヤーコブ・ヨルダーンスの《十字架上のキリスト》(1620年頃)です。十字架、聖書などキリスト教を思わせるモティーフが配され、原罪を暗示させるリンゴや血を吐いている蛇もいて、日常は感じられず、カトリック風の作品となっています。
ここにも信仰の寓意として蛇やリンゴなど、チェーザレ・リーバの『イコノロギア』に書いてある図像を取り入れています。
1672年のフランス軍侵攻で絵画の需要が減り、オランダの風俗画も徐々に衰退します。肖像画家に転身したり、技法を変える画家がいるなか、最晩年にこのようなキリスト教的な寓意画を描いたことから、フェルメールも新しい道を探ろうとしていたことがうかがえます。
《信仰の寓意》が完成した1675年の12月15日、フェルメールは43歳でこの世を去ります。その5か月後、未亡人のカタリーナは自己破産を申し立てます。10人の遺児を抱え、残った財産を債権者から守りました。そして最後まで手放さなかったのは《絵画芸術》だったのでした。
参考文献:
『フェルメール論 神話解体の試み』小林賴子/著(八坂書房)
『フェルメール作品集』小林賴子/著(東京美術)
『もっと知りたい フェルメール 生涯と作品』小林賴子/著(東京美術)
『西洋絵画の巨匠 (5) フェルメール』尾崎彰宏/著(小学館)
『フェルメール完全ガイド』小林賴子/著(普遊舎)
『フェルメール展2018公式図録』(産経新聞社)
『ネーデルラント美術の魅力 : ヤン・ファン・エイクからフェルメールへ』元木幸一・今井澄子・木川弘美・寺門臨太郎・尾崎彰宏・廣川暁生・青野純子/著(ありな書房)
『西洋絵画の歴史2 バロック・ロココの革新』高階秀爾/監修 高橋裕子/著(小学館)
『1時間でわかるカラヴァッジョ』宮下規久朗/著(宝島社)